「疲れた」
20代後半、アラサーと言われる年齢で、私は最悪に疲れていた。
体力が落ちてきただけではない。仕事の精神的な負担、友人たちが次々と結婚する中自分には恋人もいない焦り、そして言葉にできない将来への不安。
不安や劣等感はくっつき合い、大きくなり、そして分裂して私の中をぐちゃぐちゃにしていく。

「腐るよ」。母の一言で、可哀想で不幸な私は、温泉へ行くことにした

人間というのは不思議なもので、精神的に不安定な時は自分が世界で一番不幸な人間だと思いこむ。
「私は可哀想な人間なんだ」
そう思うことで、ダメな自分を肯定するそれっぽい理由を偽造する。
10代の私が聞いたら吐き出しそうなその理論は、アラサーの私には心のねじ曲がった部分が満たされるような生ぬるい安心感があった。
私は、自分自身を、可哀想な人間であると思うことに満足するようになっていた。

「温泉でも行って来なよ。腐るよ」
きっかけは電話越しの母の一言だった。
“腐る”というのは母がよく使う表現で、だめになるとか気分が落ち込んで鬱っぽくなることを指す。もう一週間以上掃除機をかけていない部屋の床に寝転がっていた私は、もう十分に”腐って”いた。
母はそんな私の状況を声から察知していたんだと思う。
疲れている人には、あったかい温泉と他人が作ってくれたご飯、そして自分で敷いてない布団が必要なんだと母は言った。

自分以外の人が作ったご飯を食べ、深夜に湧き出る温泉を堪能している

行き先は以前から気になっていた四万温泉の積善館にした。シフト勤務の利点を活かして平日の料金の安い日を予約する。
直行バスで四万温泉に着き、旅館にチェックイン。
今ならまだ空いていますから、という旅館の人の言葉に従って源泉かけ流しのお風呂を堪能、ちょっと昼寝して夕食をいただく。
自分以外の人が作ったご飯を食べるのは久しぶりだった。
「たまには温泉もいいもんだな……」
誰にシェアするでもない感想を自分の腹の中に飲み込んで、料理と共に消化する。
部屋に帰ると、夕飯時に飲んだビールが効いたのか、気がついたら布団で寝てしまっていた。

目覚めた時にはもう深夜と言える時間になっていた。
「そうだ、元禄の湯に入ろう」
積善館には、昭和5年に建てられたレトロで素敵な温泉があった。
昼間にも入ったけどきっとこの時間なら誰もいないだろう。
酒の抜けた体と、温泉浴衣、そしてタオルだけ持って外に出た。
元禄の湯には誰もおらず、貸し切り状態だった。
畳1畳ほどの小さい浴槽にそろそろと爪先から浸かると、温泉がザバーンと勢いよく溢れ出す。
あ、思ったより深い。
あえて、浴室全体が見渡せる向きに体勢を直し、高い位置にある時計を眺めた。
深夜0時過ぎ。
普段だったら目的もなくスマホをいじっている時間。明日も6時に起きなきゃとか思っている頃。
なのに今日の私ははるばる群馬まで来て、こんな時間にこんこんと湧き出る温泉を堪能している。
目の前に置かれた、ケロリン桶のビタミンイエローがやけに眩しい。

「疲れた」。割と大きめの声の独り言。何もかもが軽く思えてきた

「疲れた」
割と大きめの声の独り言。
不意に、何もかもが軽く思えてきた。
「つーーかーーれーーたーー!!」
今度はちょっと長めに、しっかりと口にだす。
私は自分が世界一不幸な人間だと思いたかった。そう思うことで何とか壊れそうな心を保ってきた。
でもそんな可哀想で不幸な私は今、この素敵なお風呂を独り占めして源泉かけ流しを堪能している。

ああ、私不幸じゃないわ。
どうでもいいじゃないか。
仕事はほどほどにやろう。結婚だってしたけりゃすればいい。まだ将来のことはわかんねぇ。

今まで思い詰めて声にならない泣き声をあげてきたいくつものことが、いきなり些細なことのように思えた。
ケロリン桶に湯船から温泉をすくい、意味もなく床にぶちまける。
今まで私の中でぐちゃぐちゃに混じり合っていた不安や劣等感が、温泉と一緒に溶けて、流れて行ったような気がした。

それからは月に1回くらいの頻度で、一人で温泉に行くようになった。
かといって東京に帰ってから全てがうまく行くわけもなく、私はまた心をぐちゃぐちゃにしながら日々を生きている。
必死で周囲と歩調を合わせ、アラサーという年齢にもがき苦しみ、溜まりに溜まった毒を月に1回温泉と一緒にかけ流す。
湯船からぼんやり眺めたその先に、ビタミンイエローのケロリン桶があると、ちょっとだけ口角が上がってしまうのは秘密にしておく。