私が忘れられないのは、中学時代の同級生の女の子だ。
私たちが通っていた中学校は生徒数が少なかったため、彼女とは3年間同じクラスだった。
私たちは、合唱部に所属していた。パートも同じ、ソプラノパート。
こうして振り返ると、彼女と私は共通項が多いことに気づかされる。そういえば、いつかの学年の時に、同じ委員会にも所属していた気がする。
彼女が合唱部内のオーディションでソロを勝ち取る度に、焦りを覚えた
彼女は天真爛漫で、よく笑う子だった。ギャハハと大きく通る声で。
自身の意見をしっかりと持っていて、それを他人にしっかりと伝えてくれた。
彼女の歌はとても素晴らしかった。彼女の明るさが声ににじみ出ているようで、華やかで芯のある歌声だった。部員の誰もが圧倒される声。
しかし、私は彼女が苦手だった。
嫌い、とは少し違う気がする。彼女への嫉妬心が私の中にあったから。
彼女が歌う世界が私は好きだった。だから悔しかった。私にはないものだった。
私も歌うことが大好きだった。けれど彼女のような美しい響きは出せなかった。
彼女が部内のオーディションでソロを勝ち取る度に、私は焦りを覚えた。
「もっと個人練習しなきゃ」「もっと声を空間に響かせるようにしなきゃ」「もっと曲の背景を知らなきゃ」「もっと」「もっと」「もっと」「もっと」「もっと」……。
ヒタ、ヒタ、と密かに彼女の背中へにじり寄っていたつもりだった
結果、私は少し歌が上達した。ソロもいくつか歌わせていただけることになった。
それで彼女と肩を並べたいい気分になっていたので、私は未熟で愚かな人間であることが明らかになった。
そんな私の姿が、周りからどのように見られていたのかは分からない。
私自身は、内に燃える闘争心を決して他人に口外したことはなく、ヒタ、ヒタ、と密かに彼女の背中へにじり寄っていたつもりだった。
感づいていた子はいたのだろうか。
しかし、推理モノなどでお決まりのように、隠そうとすればするほど行動に矛盾や違和感が生じてしまってはいた。
私は、彼女と昼休みの時間や部活後の下校時間を、一緒に過ごしていた。
入部して間もない頃からそうしていたのだが、彼女へのドロドロと濁り蓄積した想いが、私を偽善ぶらせていった。
結果として、彼女と同じ時間を過ごすことを極力避け、どうしても関わらなければならない時には、そっけない態度をとるようになっていった。
昼休みには一緒に弁当を食べていたのを、他のクラスメートと食べるようにし、何か話しかけられた時には、自然に笑いかけることができなかった。
自分の弱さのせいで『トモダチ』『ナカマ』という繋がりを壊すことが怖かった。
そうして、彼女への想いを外には出さずに物理的・心理的に距離を置くことで、その場をしのいでいた。
そんな私でも、当時から自分のその幼稚な行動に罪悪感を抱いていた。
勇気がない私はずっと正しい行動をできずにもやもやとしていて、なんだか居心地が悪かった。
最悪だったクラスの環境。担任の先生がついに決心して行動に出た
するとある日、「クラスの中でいじめがある」ということで、担任の先生がホームルームの時間を2時間も割いた。
当時のクラス環境は最悪だった。弱い者いじめや、容姿のからかい、LINEのブロックをしただのなんだのというSNS上でのトラブルなど、様々な問題を抱えたクラスだった。担任はきっと、ここでガツンといかなければならない、と決心しての行動をとったのだろう。
「誰か謝るべき奴らがいるんじゃないのか?心当たりがある奴は起立して謝罪しろ」
私の心はズキンと痛んだ。
きっと他の子達のことだ。私のことじゃない。
だって、私は表情に出さないようにしたし、直接悪口を言ったわけじゃないし、暴力をふるっていないし……。
大丈夫、いや、大丈夫なのか?何が大丈夫なんだ?
次々にクラスの子達が起立しては謝罪を述べていく。
私はこのまま椅子に座り続けていいのか。
彼女の方に目をやる。
どうしたら。
ああ。
きっと私は先生からマークされていなかった。それでも私は…
「『あの子』に謝りたいですー」
全身脈打っている。鼓動を感じる。
私は立っていた。
担任は、「え、お前?」とでも言いたげな顔をしていた。きっと私はマークされていなかったのだろう。
それでも私は謝らなければならないのだ。
「お昼、一緒に食べなくなってごめん。部活の時も、少し話すのを避けたりとか……。私は『あの子』のことを避けてた……。歌が上手いのを嫉妬していたから。……これからも一緒にご飯、食べてほしい」
そのようなことを言うと、「あの子」は鼻をぐしゃぐしゃにして泣きながら、
「わかった」
と言ってくれた。
そんな「あの子」がいたから、私は私の弱さを認めることができた。
彼女を傷つけてしまったが、彼女の歌が私を一皮剝いてくれた。
「あの子」は、私の大切な友である。