彼とは夢を追って上京した先で出会った。
私は歌で、彼は役者として表現することを生業にするべく活動している。その道は過酷で、バイトと活動で板挟みの日々。私は、生活に必死で碌に音楽活動ができずにいた。
そんな中、帰省した際に運良く手に入れたツテで地元でのライブ出演依頼が続いた。これならもう少しまともに活動できるかも。そんな思いで、私はずっと渋っていた決断をした。
「ひとまず活動継続の為に実家に帰ります。私とこの先も一緒にいる気があるなら、君が次に引っ越す時は同棲してください。再上京するので」
関係を変えたくて故郷に戻ったけどコロナ禍の遠距離恋愛は大きな試練
彼と遠く離れるのが嫌で、無理に関東で一人暮らしを続けていたようなものだったし、長い付き合いでダレた関係をどうにかしたい思いもあった。
ぶっちゃけ同棲してくれれば大きな進展だし、お互い生活も少しは楽になる部分もあったのだろうけれど、それについてはずっと首を横に振る彼の言い分に一応納得しているから、ここでは割愛する。
そんな話をしてから約半年後。コロナ禍で人々が混乱しまくっていた初夏に、契約満了に合わせてアパートを出て、泣く泣く彼に手を振って故郷行きのバスに乗り込んだ。
6年9ヶ月の間、1ヶ月以上会えないことなんてなかった2人にとって、コロナ禍の遠距離恋愛は大きな試練だった。
「3ヶ月後くらいには会えたらいいなぁ」
なんて話していたのに、いつまで経っても遠征できないじゃん!無理!寂しい!次いつ会えるの?!
7年目の記念日は、初めて通話だけとかいうとても寂しいものだった。7年も一緒にいれば、でれでれ甘々な空気になんてならないのは当たり前。でも記念日らしい話はほぼなかったし、なんなら好きの一言もなかった。
「夢第一、恋愛二の次」を宣言した男は、遠距離でもそれは変わらず
私が記念日や誕生日なんかの特別な日を大事にしてるの知ってるよね?それで最初の頃は何度も喧嘩したじゃん。忘れたとは言わせないぞ。不器用な男なのは重々承知してるつもりだけどさぁ。
まぁそもそも、昔から連絡するのも会いに行くのも八割私から。「夢第一、恋愛二の次」を宣言した男だった。
分かっちゃいたけど遠距離でもそれは変わらず。月イチの通話では、互いの近況報告だけで終わり。貴重な通話で喧嘩したくないから、あれこれ不満は言えない。今まで積み重ねてきたものもあるから大事にされてないとは思わないけれど、ちょっと酷くない?
会えないまま遠距離1周年を迎えて、母や妹にも呆れ混じりに心配されて、いよいよ思ってしまった。「これ、ちゃんと恋愛してるって言えるんかな」って。
長く付き合ってりゃこんなもん?いや、状況考えてよ。友達と変わらんよこんなの。
近すぎて見えてなかったものに気付けたらと思って離れたのに、それどころじゃない。いつからか、この恋の時間は止まっていた。
27も目前だしいい加減、恋に恋する盲目な少女のままではいられない
夢見がちな少女はそれなりに片想いも両片想いも失恋も経験して、ようやく「恋人」になったのが彼だった。所謂運命ってやつ、これが最初で最後なんだろうと思っていた。
彼以外に一緒に生きたいと思える男なんていないし、彼以外の子供ならいらないし。あいつと生きる為ならいっそ、自分の夢を「ちょっとばかりガチな趣味」に降格させてもいいか、とさえ思った。
私は彼と結婚して、彼の子供を産んで幸せになるのだ。そう信じて疑わなかったわけだけれど。27も目前だしいい加減、恋に恋する盲目な少女のままではいられないかも。
私の中の少女を殺す気はないけれど、「30までは足掻く」という彼のタイムリミットを健気に待った先、少女が無事に幸せになれる保証はない。
彼の結果に振り回されながら、良くて幸せとしんどいを半々で抱えてどうにか結婚、苦労して出産。最悪、それどころじゃなくなってハイさようなら、だ。
30まではあと3年。焦っているのは彼も同じで、余裕なんてないから今まで以上に私に構ってる暇はないのだろう。
夢は叶えてほしいけれど、流石にこのまま三十路まで放置は勘弁。現状での未来予想図が、幼い頃に思い描いたハッピーライフと似ても似つかないのだから、先行き不安にもなる。
彼の気持ちも理解できるけど、仕方ないね、とは言えない複雑な女心
大事な話は膝を突き合わせてしたいから、1人でぐるぐるぐるぐる自問自答。気が狂いそうな問題だった。
けれどやっぱり、今こそちゃんと向き合わなければいけない気がしている。本当に好きな人とは結ばれないなんて言うし、そういうもんだ!と、ひと思いにこの恋の息の根を止めるのもアリでしょ。もっといろんな恋をしてみたい気持ちもないわけじゃないし、どうせ時間が止まったままの恋なら、新しく時を刻める場所を探した方が賢い。
でもさ、だってさぁ?一年会わなくても、連絡くれなくても好きじゃん?このまま終わりにしたら抜け殻確定じゃん?ネチネチした性格の私が、未練強めネガティブ増し増しで駄々を捏ねてる。
二兎を追う者は一兎をも得ず。夢を叶える為にその他を捨てるって感覚は、理解できる。だから仕方ないね、とは言えない複雑な女心よ。
これだからやっぱり私はまだ、「夢に向かってひたむきに頑張る同志」を演じることになるのだろう。