人生において、人は何回別れ話をするのだろう。「別れてください」と恋人から言われたとき、多くの人はどのような行動を取るのだろうか。
私は今アラサーで、別れ話は1回、交際経験も1回の恋愛初心者。少女漫画やラブコメドラマは大好きだけれど、友人以外の繋がりも欲しいと強く思い始めたのはコロナ禍になってからだった。
週末の新宿デート、恋人から「距離を置きたい」と言われてしまった
積極的に恋を求めた結果ご縁があり、人生初のお付き合いがスタート。そしてある週末の新宿デートで、人生初の別れ話を経験してしまった。
お互い気になっていた映画を一緒に観終えた後近くのカフェに入り、私は能天気にも映画の感想を語り合いたくてそわそわしていたと思う。チェーン店だけど、大きな窓に向かってベンチみたいに座る席を取れて浮かれてもいた気がする。だって、当時付き合い始めてからまだ1ヶ月も経っていなかったのだから。
ソファに座りしばらくの沈黙の後、恋人が話題にしたのは映画の好きなシーンではなく、私たちの別れ話だった。「距離を置きませんか、友達に戻りませんか」。思わず相手から目線を外し、私は自分の手元のカップを見つめていた。
なんとなく予感はあったのだ。前回会ったときの別れ際、なんだかあっさりしていて寂しかったな。今日のランチは会話に少し棘を感じて戸惑ったなとか。けれど、「気のせいだろう」と相手の変化と自分の気持ちに目を背けていた。
友人同士やカップルたちで賑わう店内に、「どうして?」と搔き消えそうな私の声がこぼれる。気まずい空気のなか「距離を置きたい理由」を聞いてみると、恋人の想いはとてもシンプルだった。
人前で手を繋ぐのを嫌がられたり、愛情表現が少なくて本当に好かれているかわからなくなったという。「好きだけど、一緒にいるのが辛い」。そんな気持ちを相手が抱いていることに、不器用に恋に浮かれていた私はただ驚いてしまった。
初めての交際で愛情表現の仕方もわからず、相手を不安にさせてしまった
「わかりました」と物分かりよく返事をして、駅の改札で別れ際にハイタッチなんてできるような心情にも到底なれなかった。付き合い始めたばかりなのに一度距離を置いてしまったら、きっと私たちの関係は戻らない。「落ち着け自分」と心の中で言い聞かせ、「挽回させてください」と欲深さをさらけ出す。
アラサーで初めての交際。それは付き合う前から事前に相手に話していたが、早くも恋って難しい、未熟すぎて、愛情表現を失敗して、相手を不安にさせてしまうなんて……。ぐるぐると思い巡らせ、ぬるくなったカップを両手で持ちながら、私はこの恋をまだ終わらせたくなかった。
さっきまで歩いていた新宿の人波で、どんな人が誰と歩いていたか覚えていない。それくらい無関係な「周囲の目」を気にして手を繋がなかったり、「愛している」と言えず恥ずかしがって遠回しな表現で傷つけてしまっていたと知り、とても自分が情けなかった。
けれど「ある程度生きてきたのだから、根本的にはもう変われないよ」と言われても、このままお店を出て別れたくなかった。隣で悲しそうに話す好きな人に、私が変わることであなたを笑顔にしたいと傲慢にも思ってしまったのだ。
「恋愛はギュッとすればいいんだよ」。付き合い始めたときに相談した会社の先輩から言われたことを思い出して、私は恋人の手をおそるおそる握った。
恋人関係は、「本能」で動いたほうが愛になるのではないだろうか?
それから半年が経つ今、別れ話を切り出した恋人と私はお付き合いを続けている。恋愛は本能か、理性か。極端に分けることはできない。きっと、長い付き合いには両方必要だと思う。ただ、恋人関係は本能で動いたほうが愛になるのではないだろうか(といっても私の恋愛歴は浅いので、沢山の人の考えを知りたい)。
甘えるときの仕草。ご飯を食べるスピード。洗濯物の畳み方。好きな服の色は派手かシンプルか。朝かけるアラームの数。観たい映画はホラーか感動系か。コンプレックスの種類。愛情表現の仕方と量。
挙げればきりがないくらい私たちの価値観は異なっていて、同じにはなれない部分もある。「一日の終わりに一緒に食べるアイスはニュースを流し見しながら、それともアニメを観ながらか」で意見が異なる夜も過ごす。でも今は、あの日の別れ話をきっかけにお互いのことを伝え合う時間が増え、歩み寄りがしやすくなったかもしれない。そして月日を重ねる度、「仲直りのご飯」が増えていく(今夜はハンバーグ)。
私の恋人は“彼女”。次の週末も少しのトラブルと美味しいご飯を共にしながら、どこかで私たちは手を繋ぎながら散歩をしているだろう。