白い錠剤を飲む。明日からは緑の錠剤を1週間。緑の錠剤の間は会えない。
新しいシートを数える。3枚あって、安心する。ピルが少なくなると不安になる。
もう、会えないのかな、なんて。

彼のお願いに従って飲み始めたピルは、彼との繋がりを感じる

近所のスーパーの路上に駐車されている青い車を見て、あの日のことを思い出した。
時間さえあれば会っていた私たち。時間がないときは私を家に送る時間だけでも一緒にいたいと車を出して、後10分だけとスーパーの脇、路上に車を停めて、キスをした。

忙しい彼が私に時間を割いてくれることが嬉しくて、会えたらいつも幸せだった。
幸せで、幸せで、バイバイをした瞬間にその幸せはバラバラと崩れ去って、不幸せになった。
不幸せに直結している幸せの中で生きている私。そんな私が大好きな彼。なにかあったら駄目だからピルを飲んで欲しいと言う彼に従って飲み始めたピルを、4カ月に1回産婦人科へ貰いに行く。貰いに行くたびに彼の事を思って繋がりを感じた。
彼と次いつ会えるのか。そんな事ばかり気にしている私に先の予定なんてなくて、全て彼のためにと空けてある。いつでも彼が入ってこれる余白がある。

「明日、どう?」、「大丈夫」短いやり取りとセックスがいつもの流れ

「明日、どうかな」
「いいね、大丈夫だよ」
バイブが鳴って、彼の名前が表示される。テンプレのようなメールを繰り返し、私は彼からの誘いを毎回受け入れた。待ち合わせの場所に停まっている青い車に乗り込み、ホテルへ行く。1時間ほど話したら、シャワーを浴びて、セックスをする。
また1時間ほど話し、青い車に乗り込みバイバイをする。

「明後日、どう?」
「うん、大丈夫」
白い錠剤を飲み込み、明後日もまだ白い錠剤だと確認をして、そう彼に返事をする。何度も繰り返された私たちのテンプレのようなメールは、気付けば1年を超えていた。
青い車に乗り込み、ホテルへ行く。少し話して、シャワーを浴びたらセックスをする。また青い車に乗り込んでバイバイする。

本当はもう気づいているのに、ピルに縋りつかないとやってられない

1か月に2~3回会っていたあの頃は浮かれすぎていたよね、と自分を嘲て笑い、1か月に1回会えれば全然良いよ、大人だもんと肯定する。
歪んだ思考を肯定する作業は、サイズの合っていない靴を履くような窮屈さがあって、ちょっとキツくて痛いかもなんて苦笑いばかりしている。苦笑いしつつも履くことを辞めない私の足は、擦れた皮膚が固くなり、豆が出来て簡単には治らない。

なのに、携帯のバイブが鳴って彼の名前が見えた瞬間痛みは和らぎ、豆が出来ていたことなんて忘れて会いに行く。
彼、青い車、ホテル、セックス。バイバイをした後、豆がもう一回り大きくなっていることにも気づかず、窮屈な靴を履き続けて、底はすり減り、この靴ではもう歩けそうにもなくなっていた。

連絡が来なくなって2か月が経った。路上に止められた青い車を見て、空虚感に支配される。
足の豆が痛くて歩くことすら出来ず、路上に佇んでいると携帯のバイブが鳴った。ドキリとして急いで確認をすると、よく行く薬局の10%オフのクーポンが配信されていた。
なにがクーポンだ。クーポンみたいな安い女は私だよ。もういいよ。いつだって割引するからもっと使ってよ。何回だって配信するよ。そんなことを思って泣いた。
泣きながら家に着くと机の上に乱雑に置かれたピルが目に入った。

まだ3枚ある。大丈夫。ピルを飲み続けている間だけは彼との繋がりを感じられる。こんなものに縋りついてバカみたいって思うけど、こんなものに縋りついてないとやってられない。
だって、もう気づいてるから。そもそも始まってなんていなかった。だから、この恋に、終わりなんてないんだ。