英語との出会いは12歳だった。全くの勉強嫌いだが、高校受験を控えた兄の見張り役として、近所に住む紳士なおじ様より英語を習うことになった。
この毎週1日2時間程のレッスンが、中学生になりたての私の人生を大きく変える転機となった。
航空会社に勤めていたそのおじ様は、1ドル360円時代の日本とアメリカを繋げる大役を担っていたのに、「スチュワーデス狙いで入社したんだよ」なんて笑って話してくれた。
彼が私の最初の異文化学習となり、自然な流れで英語に特化した高校へ進学した。そして大学では英米文学を専攻し、アメリカへ短期留学もした。外から見ればまさしく英語漬けの10年だったと思う。
だが、私は大学在学中についに英語と決別した。
そんな大きなきっかけを与えるのは、いつの時代も身を焦がすような愛である。
恋をした彼に受けた衝撃。流れるように英語を学んできた私って?
大学生3年生の冬、大きな恋をした。彼はアメリカから仕事できていて、私の勝手に期待するアメリカ文化をことごとく体現しなかった。
我儘で、面倒臭い時はレディーファーストなんて知りませんと言わんばかりの横柄な態度。歩み寄りの姿勢ゼロの自分大好き系人間だった。そして日本に来たからと言って日本語を学ぶ気はないと言い切った。
だが、それは世界共通語である英語を自在に操れるから少数派の日本語を軽視しているのではなく、自分の人生を考えた時に、一時必要なだけなものに労力をかけるのはナンセンスであるという考えからだった。
今まで流れるように英語を学んできた私には衝撃だった。果たして私は大学卒業後に英語を使うから、今まで勉強してきたのだろうか。最悪な場合、私は勝手に英語が自分の学ぶべきことと決めつけて、様々な選択肢をなきものとしてきてはいなかったか。
結果残ったのは、彼と満足にコミュニケーションも取れもしない拙い能力。私はこの10年何をしてきたのだろう。
時期は奇しくも大学4年の就職活動真っ只中。目標もやりたいことも分からなければ、当然、就職活動も上手くいく訳がない。
周りがキャビンアテンダントになるために……、大手企業でもTOEICの点数で目を引かれるように……と具体的かつ現実的な目標を掲げて成果を残していく中、私は中身の伴わない態度で面接に挑んで木っ端微塵にされていた。
いいじゃないか。英語を学んできた理由が「彼と出会うため」でも
その時、初めて英語を学ぶのを止めた。大学の講義には出席したが、後ろの席でぼーっとまるで空気のように存在だけしていた。
焦りを感じなかったかと言われれば嘘になる。夏休み明け、周りで就職先が決まっていないのが私だけだと気づいた時は、得も言われぬ孤独を感じた。それでも英語をキーワードに企業検索をするのだけは違うと思った。
この時、彼とは毎日英語を使ってコミュニケーションを取っていたのに、私の将来に「英語」は全く引っ掛からなかった。英語は出来る方だと大学入学まで思っていたのに、親に頼みこんで留学までさせてもらったのに、不思議なくらい私の将来と繋がらなかった。
職業としてやっていくまでの自信がなくなったから?……それはそう。
英語に魅力を感じなくなったから?……それは違う。
中学生で出会ったあのレッスンから今まで、こんなに引かれたものはなかった。流れるように英語の道を歩んできたけど、高校も大学も留学も全て、私が選択してきた。
今でもはっきり覚えている。英語が初めて伝わった中学3年生の夏。同級生が帰国子女だらけで嫌になった高校時代。大学に行く意味が分からなくなった時に行った初めてのグアムへの海外旅行。そして何よりも、彼と出会った21歳冬。
いいじゃないか。私が今まで英語を学んできた理由が「彼と出会うため」だったとして何が不服なのだろう。拙いながらも笑い合い、愛を伝え合い、身体を重ね合える今を過ごせるのが、この10年間の結果ならば、なんて有意義な努力をしてきたのだろうか。これ以上の意味はなくたっていいじゃないか。
結びついた英語と将来の夢。私は女子校で英語の教員になった
そして更に5年後の現在、私は教壇に立っている。担当教科は……もちろん、英語。
あの後、英語の勉強を再開していく傍ら、兼ねてから興味のあったジェンダーや性教育の業界で何か仕事がないか探した。結果、結びついたのは女子校での教員だった。
教職課程を履修していたため、卒業と同時に教員免許を貰い、そのまま教師として社会に出ることになったのだ。ここでも気付かずに選択していた英語科教職課程が生きたのだ。そして今も英語は毎日学んでいる。
勉強とは表現できないのは、無理を「強」いて学習に「勉」めていないからだ。歯磨きと同じで習慣化したこの学びは、あの時のように私を悩ませて歩みを止めさせることはもうないだろう。
ただ、今でも学ぶ理由を問われたら、あの時の彼と出会うためだったと答える。とは言っても、今後もその理由を上書きしてくれる何かを望んでいる。
いつだって、アップデートのある人生でいたいじゃない?