白い豆腐を目の前に、私はポツリと一言。
「何これ?」
その瞬間に、白一色にしか見えていなかった世界から一変、全てに色が付いた。
逆に、対面に座っている彼はのっぺらぼうになった。
笑ってしまった。
なんだ、そういうことか。
「ごめん、もうやめよう」と言って私は去った。

私の傍にいたり、いなかったりする彼を、責めることはなかった

私と彼の関係の始まりは、サークルの飲み会だった。
飲み会の場にあんまり馴染めなくて、端っこの方で一人で、だれかが「とりあえず」と頼んだものの誰も手を付けなかった生ぬるい豆腐をつついていた私を、彼が見つけてくれた。「俺、豆腐は何もつけない派なんだよね」と言って隣に座ってきたから、手元に置いてあった醤油をそっと遠ざけながら、軽い気持ちで「分かる。私も」と言ってみた。

そしたら飲み会の帰り道に告白され、直後に、「家、行っていい?何もしないし」と言われて、一瞬「これってもしかして噂のヤりもく?」なんて不安が脳裏を横切ったけど、まさか私がそんなやつに引っかかる訳がない、付き合ったんだし、まあいっかとあっさりOKした。

それから彼は私の家に転がり込んできた。
サークルでは、人気者の彼の彼女、というラベルが張られたため私に興味を持ってくれる人が増え、まるでお姫様のように大事にされ始めた。

そんな夢のような日々も束の間。3ヶ月経ったくらいから彼は私のそばに、いたり、いなかったり。
でも責めたりはしないし、気になっても聞かない。だって私は周りのワガママな女とは違うから。

それまで男性に興味はなかったけど、恋愛ってこんなもんなんだって知ってしまってから、ゲームのように、私に気がありそうな男性は手あたり次第落とした。埋まらない寂しさの穴に水を流し込んで穴を埋めようとしたのだ。
逆に穴が広がっていることに気付けないスピードで。

別れた彼からきた連絡に「勘違いしないで」と言うと予想外の返事が…

就活も、そうだった。恋愛と一緒。面接官を落とす気持ちでやればいい。
「家事と育児を両立させている美しい妻と、塾と習い事を2つも頑張る娘、家族も大切にして、部下を可愛がりながら自分の仕事を問題なく進め、部長にも認められている俺を褒めて」と顔に書いてあるから、その通りに喋ったら次の日には就職先が決まっていた。
イージーモードだなあ。っていうか、みんななんで、そんなに進路に悩んでるんだろう。

街の真ん中で、真っ黒いリクルートスーツに身を包み、内定通知の電話を切った私は、そんなことを思っていた。刹那、別れた彼からもちょうど連絡がきた。
まだ好かれてるんだって勘違いをした私は「勘違いしないで、好きじゃなかった」と言ったら、予想外の返事に面を食らってしまった。

「あ、そう。俺は、お前が『私は他の女とは違うから好かれたい』って叫んでたから、ヤってやっただけだけど」

うそだ。私がこんな人と付き合っちゃうなんて、そんなことあるわけない。あんなに尽くしたのに私は大事にされていなかったなんて認められない。
流そうとしたけど、ムカついて今までの思い出を全て消してやりたくて、アルバムに入っているツーショット写真を無心で削除した。

写真に写っている私の顔は全部、のっぺらぼうだった。

教授が言った「きみの生き方は苦しそうだから自分らしく生きなさい」

まあ、多少嫌な気持ちにはなったけど、私は大企業から内定を貰ったんだ。あんな人から評価されなくたって、世間が認めてくれている。
そんな気持ちでゼミ生が待つ居酒屋で就活の報告をすると、教授は「きみの生き方は苦しそうだから、自分らしく生きなさい」と言った。

ありのままって、どういうこと?

例えば、と言って教授は、近くにいたバイトの子を呼び止めて「冷ややっこひとつとハイボール」と注文した。
すぐに注文した品が私たちの目の前に置かれた。

「私はあなたのことを全ては知りません。安心してあなたの好きな食べ方で、食べてみてください」

その日の夜、豆腐にたっぷり醤油をかけてかけて食べながら泣いた。
誰かこんな普通の私でも許してくれないかな。
それから豆腐には醤油をかけるし、新卒で入社した会社を1年で辞めたけど、私の隣には、優しく微笑む彼がいた。