実家のリビングには、自分の背よりも高い位置に、掛け時計が1つある。その日は、家族全員が寝静まるのを待った後、スマホを片手に、ジっとその時計を見つめていた。
好きな韓国のアイドルの新しいアルバムの発売日。私の鼓動が高まる
暗闇で1人、12に近づく秒針の音が、胸の鼓動をじわじわと高める。もうすぐ、明日になる。今日も待ち遠しくて仕方がない。
好きな韓国のアイドルが、新しいアルバムを発売するときだった。今回のコンセプトは、90年代のレトロポップで、先行して公開されたアートワークも、個人的にかなり好みだった。発売は少し先だったのだが、プロモーションの1つとして、毎晩0時に、アルバムの収録曲が1曲ずつ、Instagramで公開されていった。
本当に触りだけ、1分にも満たない投稿だったのだが、すごくすごく楽しみだった。その瞬間を迎えるためだけに、バイトだって、大学の講義だって、いつも以上に張り切ることができたほどだ。
当時の私にとって音楽とは、新しい価値観との出会いだった。まだ体験したことのない世界がここにあって、それがどんなに美しくて、素晴らしいものなのかを教えてくれる。
いつも応援しているその韓国のアイドルも新しい曲を出す度に、さまざまな感情を与えてくれた。キラキラした音楽に出会う私はたぶん、新しいおもちゃを手にした幼い子どものようだったのではないかと、今になっては思う。
掛け時計の秒針が、12を通り越したことを確認する「あのときの感覚」
ときが経つにつれて、いつの間に、その感覚を忘れてしまったようだ。音楽を聴いて、溢れ出した希望も、感じることができなくなった気がしている。
悲しいけど、これが大人になるということなのだろうか。そう思うとやっぱり、あの夜に感じたことが、一層忘れられない。
掛け時計の秒針が、12を通り越したことを確認し、Instagramを親指で更新して、ついに現れた今日の分の投稿。カセットテープのような、ざらざらとした音質の中で、待ち遠しかった新しい音楽が、うっすらと聞こえる。
微かに聞き取ることができた、韓国語の歌詞の意味も知りたくて、スマホで調べているうちに、ついつい更けていく夜。「明日も朝早いんだけどな」なんて思いつつ、その一摘みの音楽を繰り返し聴いては、嬉しくてニヤニヤしちゃったりして。とき折吹き込む、網戸からの秋風が、まだ半袖を着ていた私の腕を撫でたのも、くすぐったかった。
あのときスマホを握りしめながら胸を弾ませていた情景は今でも愛おしい
あのときこうして、スマホを握りしめながら胸を弾ませていた情景が、今でも鮮明に思い出せるのも嬉しい。それとともに、愛おしさを感じている。
23年の人生のたった数日の夜の話だけど、私にとっては、間違いなく大事な出来事だ。歳を重ねて、覚えていられないことが多くなったとしても、このときの気持ちを忘れたくない。
今年もまた、その季節がやってくる。今は一人暮らし、誰もいない空間で気持ちの良い秋風を感じたときは、この夜の思い出を抱きしめて眠りにつきたい。