15歳の夏、私には小学校6年生の頃から好きだった男の子がいた。私の家から歩いてすぐの場所に住んでいる彼は、サッカー部のエースで副キャプテンだった。

なぜ彼を好きになったかという話は今友人に話しても皆に笑われるのだが、小学6年生の頃、彼に告白される夢を見たからであった。それはただの夢なのに、翌日から彼を見ると胸がドキドキして仕方なくなった。

それ以来、私は彼に密かに憧れ続け、ひっそりと目で追うこと4年目に突入しようとしていた。

通学時に好きな彼と会うのに、私はいつも俯いて挨拶もできなかった

彼とは小学6年生から中学2年生までは同じクラスで、たまに話すことはあったが特別仲の良い関係というわけではなかった。当時の私は男の子に対して極度にシャイで、彼に対してそれは大きかったからだ。

というのも、通学時は必ず彼の家の前を通らねばならず、家の門を出る彼とは毎朝出くわしていたのだが、私はいつも俯いてしまい、自分から挨拶することもできなかったのだ。そして彼を好きだという思いさえも、誰にも話さず、大好きな親友にも打ち明けていなかった。

そんなわけで中学3年生に進級して、クラスが離れるとさらに彼と関わる機会は減っていき、見かけるのは放課後グラウンドでサッカーボールを追いかける姿と、朝のその気まずい時間だけとなった。

きっと彼は、私に嫌われていると感じていたと思う。近所に住んでいるのに、毎朝会っても俯いて挨拶もせず足早に通り過ぎる同級生なんて、そう思われて当然だった。

そこで私はその夏一大決心をし、ある計画を立てた。題して「おはよう大作戦」である。単純かつ簡単な作戦だ。

朝いつものように彼が門から出てきたら「おはよう」と声をかける。そして、彼が「おはよう」と返してくれる。それでミッションコンプリート、作戦は大成功だ。

決行日は1学期の終業式の朝。たとえ無視されたって、明日からは夏休みが始まる。やるならその日しかないと思ったのだ。

「おはよう大作戦」当日。私はドキドキしながら、俯かずに挨拶をした

作戦当日、その日はいつもより髪をとかすのに時間をかけた。セーラー服のリボンをきゅっと結びなおして、鏡に向かって何回も笑顔の練習をしていつもより少しだけ早く家を出た。

ドアを開けるとすぐに夏の空気が体を包み込み、額から背中から、緊張と暑さが合わさってじんわりと汗がにじむのを感じた。胸の音は蝉の声に負けないくらいドキドキと高鳴っていた。ふー、深呼吸。落ち着け自分。

しばらくすると、いつものように彼が門から出てきた。意を決してゆっくりと門のほうへ歩き、初めて俯かずに彼を見た。すると彼も私を見て、あっという表情をした。次の瞬間、「おはよう」と思い切って声を発したが、緊張のあまり声が震えてしまった。

言い終わってすぐ、蝉の声がひと際大きく感じられた。無視されたらどうしよう、いまちゃんと笑えてるかな? たった数秒間にぐるぐると様々な不安が私の頭の中を駆け巡った。

彼は一瞬驚いた顔を見せた。今まで素通りするだけだった同級生に突然挨拶されたのだから、驚いて当然だったと思う。しばらくして片手をポケットに突っ込み、照れくさそうにポリポリと頭を掻きながら、はにかんだ表情で「おはよう」と答えた。

「おはよう大作戦」の日から時間が流れた今でも、思い出すとほっこりする

その瞬間の気持ちは忘れることはできない。飛び上がって喜びたいような、泣きたいようなそんな気持ちだった。ただ一言挨拶を交わしただけなのに、何年間もの彼への思いを、そっと受け取ってもらえたように私には感じられた。

私は笑顔で頷き、走ってその場から離れた。振り返りはしなかったれど、彼も笑ってくれているような気がした。

あれから時間は流れ、中学を卒業して以来彼には会っていないが、地元の友人から人づてに彼の話を聞くと、今でも胸がほっこりと温かい気持ちになる。あの頃の彼への思いは、はっきりと恋と呼ぶには幼すぎたかもしれないけれど、それでも私は今でも夏になるとあの終業式の日の朝を思い出す。

純粋に人を好きになり、そんな自分のことが好きだったあの頃を。