え、コーヒーおかわりした……。
目の前にいる人の無言の延長戦宣言に撤回を求める勇気もなく、ただ新しく運ばれてきたアイスコーヒーのグラスについた水滴が落ちるのを眺めていた。

飲み干したアイスコーヒー。「帰りたい思い」に気付いてもらえず…

私は、初対面の自称会社経営の男性とカフェにいた。
いわゆる婚活だ。
その人の口から湧き続ける自慢トークに相槌を打ちながら、居心地の良いカフェで私だけが早く帰りたそうだった。

なるべく早く終わらせるべく、ハイスピードでアイスコーヒーを飲んだが、まさかの先方のおかわり……というわけだ。
君もいる?と聞かれたが、首を横に振った。先方は引き続き楽しそうに今度は理想のパートナー像を話し続けた。

内容としては、パートナーには自分と同じくらい働いていて欲しい、自分以外にも夢中になれるものを持っている人とお付き合いしたい、といった内容だ。
愛想良く聞き流すこともできず、まじまじ聞いてこうやって書き記せるほどしっかり記憶するところが私の悪いところだ。

私としてはコーヒーを断り、勇気を出してもうそろそろ帰りましょうかというのを表したつもりだった。
この状況に、「帰りたそうにされている」ということに気づいてるのか気づいていないのか、とにかく話し続ける先方のメンタルは見習うべきとも言えた。

カチカチと動かない先方の時計。合コンでの話を思いだしていた

先方の腕に輝く時計を見て、こっそり時間を確認した。あー早く帰りたい……。
先方の時計の秒針はスムーズに動いた、素人目に見ても高そうな時計だった。
いつぞや、秒針がカチカチと動かない腕時計は高級だから合コンではそういう時計をしている男を狙った方がいい、と誰かに言われたことがある。
今はもう、時計の高級さなどどうでもよかった。

じっと時が過ぎるのを待っていると、先方が「そろそろ……」と切り出した。私が何度となく喉まで出て言い出せなかった言葉だ。

先方は自ら経営している会社であるため、自由が効くがはっきりした休みがなく、この後もミーティングがあるとのことで解散した。

そんなに忙しい合間を縫ってまで会ってくれなくてよかったのにと心の中で思いながら、コーヒーをご馳走になったお礼を言った。
「全然いいよ、女性に奢るのは当然ですから」
と少々対価に合わない発言をもらい、その自信にもはや感服した。見習うべきメンタリティであることには間違いなかったし、先方が経営者である所以とも思えた。

帰宅後、胃ではなく心がアルコールを求めた。まだま続く婚活の道

解散すべく、駅の改札前でじゃあと挨拶すると、
「LINEでも交換しときます?」
と言われた。
「し、しときません……」
と訳の分からない返事をして、私は電車に乗った。
今日もダメだった……と思いながら、一応婚活ではあったため今日の人ともし結婚したらと考えてみた。

毎日自慢話を聞かされ、きっとモラハラされそうだなと勝手な被害妄想までして、また次の人を探すべくアプリを開いた。
今度は、お金持ってなくていいから……対等に会話してくれる人……と、私の親指はスワイプを続ける。

家に着くと、今日飲んだ苦いコーヒーが反芻してきたが缶ビールを開けた。胃は飲酒したがっていないが、心はアルコールを求めた。
一人暮らしには少し広いこの部屋が、いつもより寂しさを増した。
ゆったり暮らしたいと思って広い部屋を選んだけど、次はもっと狭い部屋でいいかも……次は同棲?いや、無理か……。
独り言を言いながら、飲み干したビールの缶が視界からぼやけていった。

1人でも別に生きていける。1人は自由だ。
だけど誰かと毎日を分かち合って生きていきたいと思って婚活をする。
それは誰でもいいわけではなく、アプリで無限に広がった選択肢から運命の人を見つけ出すのは困難だ。
結婚は生活だから、恋愛とは違うよと、結婚の先輩方は言うが、運命を信じてスワイプしてみたっていいじゃない。
私の婚活はまだまだ続く。