一生懸命頑張れるような目標もなく、手持ち無沙汰な気持ちで大学2年目の夏を過ごしている。
今夏は不安定な天気に左右され、流れるニュースはもっぱら感染者やワクチンについて。帰省もせず、孤独に感じる日々。私はテレビを消し、静かになった1Rの部屋で携帯を開いた。
「9月からの日本への留学は来年に延期になっちゃった。その時会えたらいいな。元気でね」
元彼からのメッセージだ。
「そっか、残念だね。来年会えるの楽しみにしてる」
そう返信をして、当時の日記を開き、あの夏を思い出してみた。

"It's you" 彼の好きな人が私と分かり、嬉しくて同じ言葉を返した

私は16歳の夏から1年間、アメリカに交換留学をした。
サックスを弾くことができる私は、マーチングバンドに入った。指導者が厳しく常に怒鳴っており、指示を聞き取ることができない。メンバーに話しかけられるけれど、質問の意味が分からなくてひたすらニコニコしているだけ。顔面が筋肉痛になった。
私の所属していたマーチングバンドは、毎週行われるアメフトの試合で応援をし、ハーフタイムで演奏をする。そんな日々を通して出会ったのが、リーダーの彼だった。
「日本にすごく興味があって、日本食も大好きで、独学でひらがなとカタカナを覚えたの」と彼が生まれて初めて会う日本人の私に、毎日楽しそうに話してくれた。英語でわからないことがあると、助けてくれた。
「自分の国や文化にこんなにも興味を持ってくれるなんて嬉しいな」と最初は素直に思っていたが、ほぼ毎日練習で会っていたから、好きになるのに時間がかからなかった。宿題を見てもらったり、日本のことを教えたり、毎日が楽しかった。

出会って2ヶ月程経ったある日の夜、私たちは好きな人の話で盛り上がった。
少しの沈黙のあと、彼が言った。
"It's you"
嬉しさと驚きで舞い上がりながら、私も言った。
"It's you"

言語や環境、壁が大きすぎて長く続かなかった、初彼氏との楽しい日々

私たちは付き合った。人生初彼氏がアメリカ人。
私が帰国しても、大学でお互いの国に留学したらまた会えるもんね、とよく話していた。
バレンタインに、お菓子とウケ狙いでお好み焼きの粉をあげたら、お好み焼き粉の方が食いつきがよくてびっくりしたな。

楽しい日々は長く続かなかった。やはり言語の壁が大きすぎた。伝えたいことが伝えられなくて、もどかしかった。私のホストファミリーは恋愛に厳しく、私を守る意味でも、“友達”の彼を警戒していたと思う。だから交際していることは秘密だった。だから休日にデートもできないし、学校で会って話すだけの関係。
それぞれの家でテレビ電話をしながら、ポップコーンを用意して、同じ映画を「せーの」でつけて、映画館でデートもどきをするのが楽しかった。
でも、彼は私のおかれている状況や交換留学生としてのルールを理解してくれてたとはいえ、やはり他のカップルとは違うことに不満があり、それが喧嘩の原因だった。今となっては「仕方なかったよな」と笑える。
交際開始から5ヶ月を迎える頃、彼から別れを告げられた。私が日本に帰国するちょうど100日前だった。
別れても、部活は同じだから同じ空間にいた。楽しそうに他のメンバーと話す姿を見て、もっと私に英語力があったらって、後悔したっけ。

よし、決めた。この夏は来年彼をびっくりさせる準備に取り掛かろう

あれから3年。私たちは大学生になった。
来年、彼が日本に来る。
あんなに一緒にいたのに、今ではシルエットも、声もすっかり忘れてしまったな。

よし、決めた。
この夏は英語の勉強を本格的に始めよう。
来年彼をびっくりさせる準備に取り掛かることにしよう。
会ったらデートしようよ。私たちも、もう大人。
家じゃなくて映画館に映画を観に行って、そのあと飲みに行こう。ドライブもいいな。

何に対してもやる気が起こらなくて、ぼーっと過ごしていた2021の夏が、少しパッと明るくなった気がした。