私は臆病だ。「あと何年か、経験を積んだら考えようかな」。

都心部で生まれ育った。高校時代、あれだけ“いい人”でいたのに、いじめられた。傷ついた心を著名人の名言に癒やされ、人を勇気付けられる言葉を紡ぐライターになりたいと思うようになった。

就職活動ではライターを募集する全国の会社に応募した。内定が出たのは、地方企業だけだった。地元は好きだった。それでも、書く以外の仕事をする選択肢はない。迷わず就職を決めた。

ふるさとを捨てたわけではないけど、仕事で結果を出すことに必死だった

「都会から何もない街に来て、大変でしょう」と同僚や仕事で知り合った人たちにしばしば心配された。飲食店は少ないし、営業時間も短い。県外に出ないと、はやりの服や買いたいものは手に入らない。確かに不便だった。

しかし、仕事で結果を出すことに必死で、気にならなかった。「こっちにはいつ戻ってくるの」と帰省して友達に聞かれる度、答えに悩んだ。

ふるさとを捨てたわけではない。就職した当初は、いつか帰るだろう、という感覚がぼんやりあった。けれど、地元を出てから言葉にできない開放感を覚えた。

子ども時代、仲間はずれにならないよう自分の気持ちを抑えて周囲に合わせていた自分。親や先生の期待に応えたくて、良い子でいようと我慢ばかりしていた自分。

嫌いな私を知っている人はいない。結果を出したい、と必死になるのは、過去の自分人生を更新したいからでもあった。「あと何年か」はきっとやって来ない。自然と、地元への足が遠のいた。

昔も今も変わらず、「自信のない自分」がブレーキを掛けていた

コロナ禍に突入した2020年春、入社して5年が経っていた。不思議なもので、あれだけ遠ざけていたのに、帰れないと思うと恋しくなった。

一人になって考える。そもそも、ライターの仕事どこでもできる。それでも今の場所で働き続けようと思うのは、昔も今も変わらず、自信のない自分がブレーキを掛けているからだ。

本当は地元に帰って、嫌いな私を好きでいてくれる友達と一緒にいたい。仕事で頑張っていない私も受け入れてほしい。なのに、地元を離れて躍進した自分の姿を作り上げたくて、誰かに認めてもらいたくて、本心に気付かないふりをしていた。

「もう、自分を偽りたくない」。結婚して子どもを産んで、新しい家族をつくる。一人暮らしの部屋で嫌悪感にさいなまれながら、仕事を優先して、諦めていたもう一つの願望をかなえる決意をした。

彼の転勤が決まった。不安だったが、私は流れに身を任せた

奇跡的なことだが翌年の3月、結婚した。知り合って4カ月で交際し、半年後に婚約した。ロマンチックなプロポーズがあったわけではなく、彼の転勤が決まり流れに身を任せた結果だ。

不安はあったし、これまでの私なら、仕事以外の幸福を得ること消極的だった。だけど、迷いはなかった。

生まれ育った地も、新卒から仕事を通じて生活基盤をつくってきた地も離れる選択をし、転勤族になった今、住む場所はその時になってみないと分からない。だけど、いつだって弱い私が人生の新しい一歩を踏み出させてくれる。ふるさとがあるから、前に進めるのだ。