私はいわゆる『上京組』。
決して裕福ではない田舎育ちの私は、18歳から東京で暮らし始めました。
学生時代はずっと、バイトをしながら課題をこなして、たまの休みには友達と遊んで……と、刺激的な東京での毎日に忙しく、家で過ごす時間なんてほとんどなかったように思います。
そんな日々を送る中でふと「家にお金をかけるのって無駄だな」と思い至りました。
それは上京1年目の冬のことでした。
安いけど距離感が近いルームシェアは、思っていたより居心地が悪い
私はすぐにルームシェア生活を始めました。まだ今ほど『ルームシェア』というものが流行っていなくて、お洒落な男女が集まるステキなコミュニティなんかでもなくて。ただただ見ず知らずの女性たちが集まって同じ屋根の下、各部屋で静かに暮らすというだけの、地味なルームシェア生活でした。
家賃は驚きの3万5千円。東京23区内で、事故物件でもなく、洋式トイレ・広いお風呂付き・3口コンロ付きの広いキッチンに、ほとんどの家具家電まで揃った暮らしがこの家賃で手に入るなんて、素晴らしく魅力的な物件です。
ところが、ルームシェアというのはやはり他人との距離が近いために、住み続けるうちに小さなストレスが溜まっていきます。お風呂やトイレのタイミング被り、ゴミの捨て忘れ、たまに鉢合わせたときの気まずい会話などによるものです。
3年ほど経過して、居心地が悪くなったこの生活から逃げるため、ついに引っ越しを決意しました。
ここで私は、最高の選択をします。
家賃3万5千円のルームシェア生活をしていた私が次に暮らす場所として選んだのは、家賃4万5千円の木造ボロアパートでした。
『心のふるさと』という言葉があると思います。今28歳になった私にとって、その家賃4万5千円の木造ボロアパートこそが、私の心のふるさとであると思うのです。
暮らせば暮らすほど家賃4万5千円のボロアパートは、私だけのお城に
ルームメイトのいないワンルームの部屋。ルームシェア生活上がりの私にとってこのボロアパートは、まさに私だけのお城のようでした。
内見で家の中に入った瞬間から、この家が私を迎え入れてくれるような、優しく包み込まれるような、そんな不思議な居心地の良さを感じて、私はその場で即入居を決めました。
暮らし始めてからは、思った以上の快適な毎日。
快適と言っても、外観なんて当然ボロいし、広いキッチンや広いお風呂なんてないし、階段を上り下りするだけで家は揺れてしまうし、壁なんて隣の部屋の人のwindowsの起動音がハッキリと聞こえるほどに薄いので友達だってほとんど呼べません。
それなのにどうしてか、私はこの家に帰るのが楽しみになって、家で1人で過ごす休日が楽しみで仕方なかったんです。
1日中好きなバンドのCDを流し続けたり、リサイクルショップで5千円のギターを買ってきて練習してみたり、雨の日は窓際のベッドに寝転んでずっと雨の音を聞いて過ごしたり、とにかく何をしていてもこの家の中にいるだけで心が常に温かく、いつでも幸せな気持ちでいっぱいでした。
暮らせば暮らすほどにこの家賃4万5千円の木造ボロアパートは、私にとって特別なお城となっていったのです。
結婚し幸せな日々でも、たまにあのボロアパートがとても恋しくなる
私はその後このお城に5年間住んで、結局は退去をすることになります。
私が、結婚をしたのです。夫婦が2人で暮らすにはさすがに狭すぎるので、引っ越す以外にはどうしようもありませんでした。
もちろん、結婚というのは本当にとても幸せなことで、結婚して2年近く経つ今でも彼と過ごす毎日は笑顔が溢れていて、楽しくて、最高です。このときの引っ越しを後悔するようなことなんて、一度もありません。
それでも私は、たまにあのボロアパートがとても恋しくなるんです。
今は知らない誰かがあの部屋で暮らしていることでしょう。私ももう二度と住むことはないでしょう。
だけどかつて私が独身だった頃、私が1人で暮らしていたあのボロアパートでの充実した日々の思い出は、いつまでもキラキラと光り輝いていて、それは結婚して更に年を重ねた私の中でもまったく曇ることはなく、思い出すたびに私の心を温かくし続けてくれています。
28年間の人生のうち、たった5年間しか暮らしていない家賃4万5千円の木造ボロアパート。
でもそれは紛れもなく、私の『心のふるさと』なのでしょう。