組織で言われる「変なやつ」。誰に聞いても理由を教えてくれない

ジジジジジと常に鳴り止まない音がある。ガタがきた家電から漏れ出るような音。
胸がギュッとなって、ざわざわして、気持ち悪くて、消そうとするけど、消し方がわからない。自分の頭の中から鳴っているものだと、子供の頃に気がついた。

ためしに自分で自分の頭を叩いてみても、痛いだけで、ざわざわして、止まらない。
そんなわたしを見て、「変なやつ」っていろんな人が指をさした。
小学校、中学校、高校、大学、社会人。いつも属する組織の中で、わたしは「変なやつ」と言われてしまう。
こんなに真面目に生きてきたのにどうして?
誰に聞いても、教えてくれなかった。ジジジジジ。

べらべらとおしゃべりは得意だけれど、自分の口から出る言葉の持つ力がわからない。それなのにぽろりと口から声が出てしまうのを止められない。
困惑した顔をしたあの人が浮かぶ。あの人、あの人、あの人、あの子、あの彼の顔も。何かまずいことを言ったらしい。でもそれがどれなのかわからない。

どれがいけなかったの?聞こうとしてももう遅い。あの人もあの子もあの彼も立ち去って、残っているのは口から転がって消えていった言葉だけ。ジジジジジ。

なんとか生き抜いてきたわたしの世界に秩序を与えた「言葉」

そんな故障された頭を抱えて、何とか生き抜いてきたわたしの混沌とした世界に秩序を与えたのは、言葉だった。
音声ではなくて、文字の方。
口を閉じて、ペンを握って、あるいはキーボードを叩いて、自分の頭をぐるぐる巻きにしているからまった糸を解いていく。

そうすると、ジジジジジという音を立てていたのは、この糸だと気づく。
この一筋は喜びで、この一筋は悲しみで、この一筋は怒りで、この一筋は恋。
文字にすると、するする解けていく。この一筋が、きっとあの子を怒らせたのね。文字に起こして、初めて気づく。ジジジ。が、ピタリ。

子どもの頃は削りたての鉛筆を握って日記を書いて、読書感想文は喜び勇んで何枚も書いて、思春期になって初めて手にしたガラケーのメモ帳機能に打ち込んで、SNSのつぶやきをいくつものアカウントで行って、noteやエッセイを書いてみて、何度も何度もたしかめる。

ジジジ。この音を止めるために、わたしは今日も言葉を探す

この一筋。この一筋が今日のわたしを傷つけた。この一筋。この一筋が、彼をあんなに怒らせた。この一筋。この一筋が、この胸のざわめきを起こしてる。

いくつもの眠れない夜を超えて、何人もの友人を失って、何人もの恋人を傷つけて、一筋一筋を確認するに足る言葉を得るために本を読んで、涙を流し、からまった糸を解いて文章に起こし、自分で自分を落ち着ける。
この作業なしには、静かな頭を持って生きていくことができないらしい、このわたしは。

ふと気を抜くと頭に響くこの故障音を止めるために、今日もキーボードを叩く。
子供の頃に握っていた鉛筆の勇ましさが、iPadの無機質なキーボードに変わりはしたけれど、言葉を探して自分を落ち着かせることに変わりはない。

ジジジジジ。ほらまた聞こえるんだ。だから書かなきゃ。
エッセイを書いて、終わった恋を振り返るとき、憎らしい家族を思い出すとき、グッと堪えた衝動を見返すとき、わたしの頭に絡みついた糸が解けて、世界は静かになる。

ジジジ。が、ピタリ。
わたしは「変なやつ」じゃない。自らの世界の秩序を求めて、この音を止めるために、今日も言葉を探しているだけの、普通なやつ。