忘れられないのは、きちんと恋ではなくなったから。
あの時の夜の優しい記憶に、私はずっと支えられている。

大学3年生の時の話。
バイトのシフトがよく被り、そこから仲良くなって、ご飯に時々行くようになった人がいた。
1歳しか違わない、けれど頼れるお兄ちゃんような、そんな安心感のある話し方をする人だった。

堂々巡りな感情が周り巡り続け、もうどうでもよくなっていた大学生活

その時の私は、大学生活が微妙だった。
友達が、理由もなく冷たくなり、元々友人関係が片手程もなかった私は、大学で分かりやすく1人になった。
「行かなければならないから行く」といった親の脛かじりで勉学が本分の学生にはあるまじき諦めの理由で、とりあえず、授業は行っていた。
「私に悪いところがあったから、いまこうなんだよね」
でも、考えても思い当たらない。
「どうやったら、前みたいに戻れる?」
でも、時間が経たないと難しいこともあるよね。
繰り返し繰り返し。自問自答すればするほど、なんかもうどうでもよくなっていった。
将来も考えれば考えるほどふわふわし、こうしたいのにこうじゃない、ああしたいけどああなれない、「いったい、私はどうすれば」なんて、堂々巡りな感情が延々と周り巡り。

強がりはしても、本当は寂しい。
得体の知れない不安がつねに付き纏い、それは離れてくれない。
迷走するのはよくある話。
私だけじゃないし、ならば私なんかよりも数億倍努力してる人達が、世の中には沢山いる。
そう知っていても、ダメな時がある。

好きな音楽と尽きない話。夜のドライブが寂しさと不安を閉じていく

寂しくて、寂しくて。
得体の知れない不安が纏わりつき、離れなくなって、ついに爆発しそうな時に、夜にシフトが被るようになったそのひとに、きっかけは覚えてないけど、相談した。
ただ耳を傾けてくれて、無理にアドバイスを押し付けてくることもなく、静かに聞いてくれた。
その日、バイトの帰りにドライブへ連れ出してくれた。
六本木、隅田川沿い、東京タワー。
都内の有名スポットをひたすらぐるぐると回り続けながら、お互いの今までの経歴、家族、友達、好きなもの嫌いなこと、何に嬉しくなって、何がゆるせないか。
「好きなのかけていいよ」と、言われたから、Bluetooth繋いで、私の好きなバンドをBGMに、ずっとわたし達は話していた。
寂しさと不安が、閉じていく音がした。

それから、お互い夜にシフトが被ったら、そのまま深夜ドライブに行くことが多くなった。
宛先もなく、ひたすら東京をぐるぐる。
大都市のど真ん中、無数に散らばるネオンを横目に。
一緒にいて居心地が素晴らしく良いひとと、尽きるような話をまるで尽きないかのように繰り広げた。
深夜の東京は、とても壮大で。
こんなに人がいて、どのくらいの人達がきちんと今眠っているんだろう、そんな事を毎回考えて、不思議な気持ちになった。

私は1人じゃないと、思えた。

彼の出発前日、空が茜色になるまで喋ったこの夜を忘れることはない

何度かそれを繰り返し、8月も終わりを告げそうな夏の夜。
好きと伝えてくれたから、私も、と返した。
胸がくるしくなるくらいだった。
それは、9月にはそのひとが1年留学に行ってしまうと分かっていたからで。
今時、留学なんて当たり前に聞く言葉。そんな珍しいことじゃなかった。
けど、そのひとにどっぷり沈みきり、盲目だった私にとって、1年も彼がそばにいないのはどうにかなりそうなくらい寂しいものだと想像していた。

最後の夜。
彼が翌日の朝には飛び立つ前日。
バイトが終わった私を連れ出してくれて、いつもの通り、真夜中の東京ドライブをした。

隅田川沿いで、スカイツリー観ながらベンチに座り、空が薄い茜色になるまでずっと喋った。
散々した互いの話。でも当たり前にそれで足りる筈がない。

お互い、いまこう思ってるよ、こんなふうに感じてるよ、だからこれからこういうふうに頑張るよ。将来、こんな夢があるんだよね。だから、頑張るんだよ。
強く、真っ直ぐな瞳で留学を楽しみにしている彼の表情、話は、大人で、かっこよくて、どうしようもなく憧れた。
私の心の中が、音を立てて晴れていく音がした。

おやすみのスカイツリー。
水滴の粒の大きさで夏の終わりがわかる缶の三ツ矢サイダー。
紺色の星空が静かに色を変えていく流れ。
朝焼け寸前の澄んだ空気。
きらきらした彼の瞳。
数ヶ月、彼のおかげで救われていった、私の心。

「この夜を忘れることはないんだろうな」
そう思った。

夜の東京ドライブが、彼の存在が、当時の私を紛れもなく救ってくれた

遠距離になった彼とは色々あり、別れて数年が経った。
恋愛なんてそんなものだよ、なんて自分に分かった風に言い聞かせたからか、今はなんの感情も湧かないけれど。

ありがとう、って、それだけはずっとずっと、ずっと思っている。
夜の東京ドライブが、彼の存在が、当時の私を紛れもなく救ってくれた。
私は1人なんかじゃない。
悩んでるのも私だけじゃない。
前を向きたいと思ってるのも私だけじゃない。
そう教えてくれたんだ。

あの夜があったから。
御守りのような夜が、同じような毎日の中で、ご褒美のように、ほんの時々あったから。
私はいま、ここにいられる。