「そんなこと言われたら明日、俺一括でお金払う気持ちなくなってくるんだけど」。そんなような言葉を、彼は電話で言ったと思う。LINEで、私がどれだけ彼にとってふさわしくないかを、一時のネガティブな感情に任せて彼にぶつけてしまった後の電話だ。
家電一式を2人で買いに行く前日だった。2人でお金を出し、彼のカードで支払ってもらう約束。自分の不安ばかりで彼の気持ちを全く考えていなかったことに気づいたけれど、後の祭りだった。私は、自分のことしか考えていなかった。
私はずっと一人暮らしに憧れていた。自立できるようになりたかった
同棲、という言葉を意識したのは私たちを引き合わせた友人カップルが結婚したことがきっかけだ。「30歳くらいで結婚したいね」、「そうしたら、まずは同棲かな」。そうやって自然と2人で相談するようになり、お金もそろっていないのに私たちは物件を探すようになった。
でも、私は心の中で引っかかっていた。今2人で暮らし始めたらそのまま多分結婚し、破局か死別にでもならない限り1人で暮らすことはおそらく、ない。私はずっと一人暮らしに憧れていたのだ。私は、ちゃんと自立できるようになりたかった。
彼に相談すると「今しかできないと思うし、いいんじゃない?」と言って賛成してくれた。私はあと1年半くらいは学生のような身分で、アルバイトしかしておらず、お金があまりない。
そのこともあり、いつか2人で使う物ということで家電だけは大きめの物を2人で買うことにした。とは言っても、私の分のお金は父からの引越し祝い金(貯金を崩せるようになったら返す約束)から出すことになっていたのだが。
私に人生を賭けようとしてくれる彼に送った、ネガティブなLINE
そうして一人暮らしに切り替わっても、彼はまるで自分も引っ越すかのように一緒に計画を立て、内見にもすべて付き合ってくれていた。
それなのに、私は1人で勝手に不安になってしまっていた。まだちゃんと働いてもいない私が、こんなことしていいのか?彼にはもっと条件の良い相応しい人がいるんじゃない?私、こんなに良くしてもらっていいの?
こんな暗い感情が渦を巻き、気づいたら彼を試すようにネガティブなLINEを送っていた。こんな私でも好きなの?こんな面倒臭い女、やめておくなら今なんじゃない?と、彼に詰め寄りたかった。
しかし、その不審なLINEの真意を確かめようと彼がしてくれた電話で、彼の言葉で、サーッと我に返る。私は、なんて失礼で、酷いことを言ったのだろう。彼がどんな気持ちで大金を払おうとしてくれていたのか、それを、私はなんてバカな言葉でズタズタにしてしまえたのか。
彼の気持ちを踏みにじることができたのか。彼は、私に人生を賭けようとしてくれているのに。そんな人にどうしてあんなことを言えたの?自己嫌悪の嵐で、彼の声を聞きながら私は消えてしまいたいような気持ちになっていた。
「やっぱり2人用の家電を一緒に買う」。いつか2人で住む決意
こんな気持ちのまま、半端な覚悟のまま、明日買いに行ってはいけない。その思いで、「やっぱり、とりあえずは1人用の家電を、自分で買おうかな」と彼に言った。
彼は少し黙ってから、「それが一番良いと思うなら、それでもいいよ」と言ってくれた。
私は少しうなってから、じゃあ、そうする、と答えた。
「うん」。彼の声が、遠くで、寂しそうに、聞こえた気がした。なにかがちがう。もう一度、落ち着いてよく考えてみる。
このままだと、私はまたネガティブになった時、彼を試すようなことを言い始めてしまうのではないだろうか。1人用の家電を買うということは、彼といつ別れても大丈夫な状態にしてしまうということだ。
私はまた、そうやって自分の劣等感を盾に、とても大切な彼からまた逃げようとするだろう。それよりは、楔を打った方がいいのかもしれない。逃げようとする私に、決意という楔を。
少し迷ってから、私は言い直した。「やっぱり、2人用のを一緒に買う」と。「それは、ポジティブな気持ちでそう言ってるの?」「うん、このままだと、またなんやかんや言い出して逃げそうだから。2人用の家電買ったら、いつか2人で住むんだ!ってちゃんと思い直して、変に関係を壊すようなことを言わないようにしていける気がする」。そう言って、彼ともう一度話し、予定通り明日一緒に買いに行くことにした。
こんなにもロマンチックで重々しい、恋人からの贈り物があるだろうか
彼の声が、今度はちゃんと近しく、明るく、私には聞こえていた。翌日、少し気まずかったけれど、大変充実したショッピングになり、夜には2人で燃え尽きて笑うことができた。新しくまた始まる!というワクワクした気持ちを私は取り戻せたのだ。自分たちにとって正しいことができたのだと、確信があった。
今、私のワンルーム6畳の部屋には、一人暮らしには不自然ほど大きい冷蔵庫と電子レンジ、洗濯機、五合炊きの炊飯器が鎮座している。この家電たちは、私にとって、未来への切符であり、楔だ。不安になっても、彼がどんな思いの強さで私と一緒にいようとしてくれているのかを思い出させてくれる、決意の楔。
そして、ふと冷蔵庫を開ける時、炊飯器でご飯を炊く時、私と彼と、もしかしたら新しく増えた家族が、ここを同じように開けて使っている…そんな未来を垣間見たりもする。もし私たち2人が別れを選んだとしても、自分の生きたい未来のためにこの家電を買ったことを、私も彼も決して後悔しないだろう。
綺麗なアクセサリーやブランド物よりも、こんなにもロマンチックで重々しい、恋人からの贈り物を私はまだ他に知らない。