「この1年間の話をしよう」。旅行特有の苛立ちによって、お互い気まずくなっていた夜、セミダブルのベッドの中で私を抱きしめながら彼が言った。

「春には京都に行ったし、夏には制服を着てディズニーランドに行ったね。一緒にバイトしたり、ポケモンのスタンプラリーを2日がかりで回ったりしたね」なんて、彼に似合わない繊細なことを言いながら、彼の声はだんだんかすれていって、子供みたいにぐずぐずと泣き出したっけ。

私と彼は、あまりにも違うから惹かれあったのかもしれない

彼が「どうしても行きたい」と言っていたスキー旅行だった。インドアな私にとっては、スキーなんて全身スポーツ、あまりにも難易度が高い。若者が多そうな場所も、極度に寒いところも嫌いだった。だけど彼が「どうしても」と言うから、1年記念に選んだ苗場だった。

考えてみると、付き合った当初から彼と私は正反対だった。社交的で、多趣味で、笑顔が素敵で、愛されることに慣れていて、それ故にちょっと危なっかしいぐらい能天気で、子供みたいな彼。一方の私は根暗で、頭でっかちで、みっともないくらい愛されたいと思っていて、そのくせプライドが高くて、ひねくれ者。

お互いあまりにも違うから惹かれあったのかもしれない。だけど、私にはその違いが1年経ってもずっと引っかかったままだった。

恋人というものに慣れない私は、必死でその差を埋めようともがいた。彼の好きなものを私も好きにならなくちゃ。

10年ぶりにディズニーランドに行った。「馬鹿みたいだ」とインスタを見るたびに鼻で笑っていた派手なカチューシャも買った。ジェットコースターに乗るために100分並んだ。

彼が好きなポケモンカードのルールは覚えられなかったけれど、JRのスタンプラリーは自分から提案した。知らない名前をたくさん教えてもらった。どれもこれも、本当に楽しかった。彼が嬉しそうにしていることも、彼の好きなものを共有できることも。

私の好きなものも彼に好きになってほしかったけど、共有できなかった

彼にも私の好きなものを好きになって欲しかった。私の人生1番の小説を、誕生日でもないのにプレゼントした。一緒に電車に乗っている時に、イヤホンの片方を彼の右耳にねじ込んだり、好きな映画を何気ない風を装って一緒に見ようと誘った。

だけど、彼はやっぱり私とは正反対で、彼の部屋に新品のまま乱雑に置かれているあの小説や、映画の途中でいびきを立てる彼を見るたび、私はどうしてもどうしようもない絶望を感じていた。

自分とは全然違うと分かっていて好きになって、それが楽しかったのに、やっぱりそれがどんどんとずれていくようだった。

結局最後の決定打は、私の好きなラジオを彼がどうしても聞いてくれないことだった。馬鹿みたいな理由だけれど、当時の私にはそれが最大の原因だったのだ。

彼は私の人生で唯一、私の幸せのためを思って泣いてくれた人だった

彼と過ごした1年弱、そんなに美しいことばかりではなかった。2年経った今でも恨めしく思うことや、許せないことはもちろんある。

だけどずっと、あの夜のことだけは綺麗なまま色褪せない。不機嫌になった私を抱き寄せて、急に1年間の思い出話をぽつりぽつりと始めた彼。涙声になって、鼻をすすりながら、「幸せにしたいなあ」と言ってくれた。

私は、彼の腕の中で彼にバレないように音を立てずに泣きながら、「もう十分幸せだよ」と返した。彼は私の人生で唯一、私の幸せのためを思って泣いてくれた人だった。それだけが、苦しいほど嬉しくて、今でもふいに思い出しては泣けてくる。

彼は、私がすぐ隣で泣いていても全く気がついてくれないような人だったけれど、私のことを本当にちゃんと好きでいてくれたのだと、今ならわかる。

恋人もおらず、家族とも上手くいかず、学校にも行けなくて、バイトも転々としている今の私には、どうしても他人からの愛を求めて、やりきれない夜が沢山あるけれど、あの時の彼からの確かな好意を思い出すと、お守りのように力になってくれる。あの夜が、今の私の全てかもしれない。