いつもと違う休日、私はひとり家電量販店のヨドバシカメラに出向いた。
生まれてから今までの22年間、実家暮らしをしていたが、この春とある映像メディアの会社に新卒入社し、会社の近くで一人暮らしを始めるからだ。
鬼門は洗濯機。上司の言葉に押され、勇気を振り絞った私は…
欲しいものは冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ、ドライヤー。
ひとりで家電屋さんにいくのは初めてだし、家電についてはよくわからない。ヨドバシカメラのがちゃがちゃした雰囲気に気圧される。
まず冷蔵庫。売り場には大量に似たような製品が並んでいて、何が何だかわからない。
販売員の男性が各製品の特徴を手際よく説明してくれる。私は大学時代、毎日のように遊びに行っていた女友達の家の冷蔵庫を思い出した。
彼女の冷蔵庫は背がとても小さくて、ビールを取り出すために本当に小さく屈まなくてはならず苦労した記憶がある。
そのおかげで私は取り出しやすさを重視して、背が低すぎないもの選ぶことができた。
次は洗濯機、これが鬼門だった。
仕事はかなり忙しく、洗濯物を干す時間が惜しい、しかしドラム式で乾燥もついていると軽く20万円はしてしまう。縦型でも乾燥付きは10万円だ。
私はあまり高価なものに興味はないし実家暮らしだったので、これまでした一番高い買い物を考えても、1万5千円のコートくらいしか思いつかない。
いっそ洗濯機を買うのはやめてコインランドリーに通おうかとも思った。しかし、職場の憧れの上司が前日に「洗濯機は絶対あったほうがいいし、乾燥付きにしな」と言ってくれたのを思い出した。
その言葉に背中を押され、勇気を振り絞って10万円の乾燥機付き洗濯機の購入を決めた私は、震える声で「これにします…!」と店員に告げた。
電子レンジも種類が多くて迷う。決め手になったのは、同級生の男の子
ドライヤーは風が強くて早く髪が乾けばなんでもいいと思った。疲れたし、さくっと決めようと売り場に行ったものの、本当に種類が多すぎる。
一人暮らしを始めた高校の友達から聞いた、ドライヤーにこだわって髪がサラサラになったという話を思い出し、少し迷いが生まれた。
でもその子の髪がサラサラなのは今に始まったことじゃない。昔からケアを丁寧にしていたからだと途中で気づき、とにかく風が強くて安いものに決めた。
電子レンジ。オーブン機能の有無、見た目と使いやすさのどちらに重きを置くかなど迷う点がある。こちらもとにかく置いてある種類が多い。
その中でメジャーではないが、聞き覚えのあるメーカーの電子レンジがあった。なんだっけと思ったら、幼稚園の同級生の男の子が就職した会社だった。
その子は幼稚園の時から小学校にかけて私のことを好きでいてくれた子だった。ことあるごとに何かプレゼントをくれたり、手紙をくれたりした。
まだ恋心というものが分かっていなかった私は不思議に思っていた記憶がある。今なら私も恋を知り、彼がどんな気持ちで私と接してくれていたか想像できる。
とても素敵な子だったな、あの時あんなに好きでいてくれたのに応えられなかったな、と思いながら、私は彼が就職した会社の電子レンジに決めた。
買い物を終えてどっと疲れた私。何を買うかの決断の背後にあったもの
全部で20万円弱の買い物を終えた私は自分の成長を実感しつつ、どっと疲れを感じた。
寂しがりな私はひとりで暮らすことが不安で仕方ない。ひとりで暮らして、今この瞬間に誰も自分のことを気にしてくれていないかもしれないということが怖くてたまらない。
不安に駆られながらも、今日のように私がひとりで家電を買いに行っても自分の中にはたくさんの人が生きていて、自分がその人たちに想いを馳せながら決断していたことに気が付いた。
今では疎遠になってしまった人も含め、みんな私の中にしっかり存在していて、今の私、今後の私に影響を与えている。
私は映像メディアの会社にいる。そこでどんなに小さくても、こうやって誰かひとりの人の心に留まって、何かしらのタイミングで思い出してもらえるような番組が作りたいと改めて思った。
少しでも人の心に残って影響を及ぼすことができれば、その人が直接的に私のことを考えていなかったとしても、私が存在している意味がそこにあると言える気がする。
これからの一人暮らしで幾度となくさみしい夜を迎えると思う。
そんな時もぎゃあぎゃあ騒がず、愚直に積み重ねることで自分は誰かの心の中に存在することができると信じよう、仕事を一生懸命に頑張っていこうと決意を固めた。