高校生の時、人生の最悪のターニングンポイントが訪れた。

頼りにできる人が誰もいなくても、歯を食いしばって耐えた高校時代

高校2年生の時、母親が出て行った。
この人いつかどこかへ行っちゃうな、と思わせるようなところがあったので、何ら驚くべきことではなかった。とはいえ、曲がりなりにも「愛してるよ」と言われてきた人が、最も簡単に、荷物もすべて置いて行ったきりで振り向きもせず出て行ったことに、私は当然混乱した。

それに、取り乱した父親と2人きりの家は地獄だった。
殴られ、椅子を投げつけられ、言葉の暴力は日常茶飯事だった。殺されるかもしれないと思って押し入れに隠れることもあるほどスリリングな高校生活がいきなり始まっていた。こちとら大学受験が控えとんねん。それなりに自重しろよ父上、と思いながらもなんとか耐え抜いた。

頼りにできる人はだれもいない。学校は奇しくも生徒の自殺や事故死、刑事事件が重なり、頼れる大人がてんやわんやしていた。どこにも助けを求められなかった。
1人でやり抜くしかないわ、ふざけんな、と思いつつ歯を食いしばって耐えた。神様がいるなら飴玉ぐらいくれてもいいだろう。

ついにやってきたその時。23時きっかり、様々な感情を抱いて外へ出た

そんな折に、海外ボランティアの応募があり、何気なく応募した。フィリピンの孤児院でのボランティア活動だ。そのボランティアには当時気になっていた後輩の男の子もいた。

茹だるような暑さの中、異国の空気を味わいながら私たちは、一週間ほどをフィリピンの炎天下の中過ごした。後輩とは甘酸っぱい距離感を保ちながら、でも少しずつ水面下で私たちの関係が変化しているのを感じていた。微笑みあう回数が、視線の交差する回数が……少しずつ増えていくのだ。

「先輩、夜中一緒に抜け出しませんか?」
とうとうその時がきた、と思わず息を呑んだのを今でもおぼえている。
消灯時間は22時。でも彼は23時にロフトの外で待っていますと言って、ひっそりと男子の部屋に帰っていった。

23時きっかり。ワクワクとドキドキとキリキリと胸を刺す不安に苛まれながら外へ出た。
髪の毛をチェックした、歯に物が挟まっていないかチェックした、歯磨きも3回ぐらいした。寝巻きで出ていいのか、ちゃんとした服で出るべきなのか最後まで悩んで、結局テロテロの寝巻きで出たことを後悔していた頃、彼は暗がりからそっと現れた。

きっと忘れないあの夜。彼は「きみは、天国生まれなんだよ」と言った

その夜のことを、私はきっと忘れない。
キスをしたわけでも手を繋いだわけでもなかった。けれど朝6時まで彼と話をした。浜辺を歩いて、ハンモックに座って、ただ2人きりで過ごした。
随分と眠気に意識を奪われていた時に、はじめて、生まれて初めて私は今の自分の苦しい状況を彼に伝えた。生きるのが苦しくて仕方ないことを、そんな潰れそうな胸の内を伝えたのは彼が生まれて初めてだった。
一尺間を置いて彼は優しい声色で言った。掠れた眠そうな声は、かろうじて波音にかき消されない程度のものだ。
「きみは、天国生まれなんだよ」
「天国生まれ?」
「そう天国から来たんだ。だからね地球で生きるのは辛いし、わからないことも多いのは仕方ないんだよ」
一つ年下の男の子なのに、その夜の彼はひどく大人びて見えた。

「だからさ、地球は観光しに来てると思って過ごしてみたらいいんだよ。いつか天国に帰った時に、こんなことがあったよって話すために、君は好きなことを、好きな場所に、好きなだけ行けばいいんだ。
今は見えないかもしれないけど、君にはちゃんと翼があるから、それで行きたいところに行けばいいんだよ」

何も上手くいかないとき、かけてもらった言葉を自分に言い聞かせる

苦しくて仕方ないとき、どうしようもない時。その夜のことを思い出す。
彼は私を「変人」と言いたかったのかもしれない。でもあえて「天国生まれ」だと言ってくれたのかも。彼が優しいから。
けれども、苦しい時、社会に適合できないと思った時、何もうまくいかない時。私はそっと自分に言い聞かせている。
「私は天国生まれだからさ」

どうせ観光しに来ているだけならば、存分に面白いことを体験してやる。
苦労も悲しいことも、いつか天国に戻って誰かと「大変だったな」って笑いあうためにあるのだと、そう信じて。