12月の石垣島の天気が最悪だなんて聞いてない。
バスの運転手には「今回は下見だと思って、またくればいいよ」と言われた。それくらいの大雨、というより豪雨。

「もうなにもしたくない」。そう思って、ただ晴れた空と青い海とを眺めてぼーっとするためだけに来たのに。この天候では叶いそうにない。
曇天の下、激しくうねる海をホテルの窓辺から眺めながら、4か月間片思いした彼のことを考えていた。

なにがあったわけではない。出会って、1回ご飯に行った、それだけ。3軒の飲み屋をはしごしている間に、すでに彼の虜になっていた。
それからは、連絡をしても返事が来なくなっただけ。それで、4か月が経っただけのこと。
完璧に脈がないってわかっているのに、なにかの拍子に連絡が来るんじゃないかと期待している自分が痛々しかったし、実際、胸が引きちぎれるくらいに痛かった。心が裂けて、傷口から流血しているかのよう。

土砂降りの小浜島を自転車で一周。「もう無理・・・」

石垣島には傷を癒すために来たのに、何もせずホテルにこもっているのはもったいない。かろうじて出港している離島行きの船に乗った。
雨のせいで波も高く、揺れの激しい船旅を終え、到着した小浜島。雨の弱まった隙を狙ってレンタサイクル店へ駆け込んだ。

「雨すごいけど、大丈夫?」
店主のおばちゃんが声をかけてくれる。
「たぶん、大丈夫です!」
島を一周するだけだから、そう思っていた。
「小浜島はアップダウンが激しいから、アシスト付き自転車がいいよ」というおばちゃんの助言を「若いから大丈夫!」という無鉄砲さで振り切って、普通の自転車を借りた。
おばちゃんは折り畳み傘しか持っていない私を心配して、雨がっぱを貸してくれた。ピンクの派手なかっぱを装着し、勇んで自転車にまたがった。

5分後、すでにアシスト付き自転車にしなかったことを後悔した。
緩やかに見えた坂道は、実際に登ると立ち漕ぎしても全然進まず、運動不足の体は悲鳴を上げた。太ももが壊れそう。もう足が上がらない。激しく呼吸しすぎて喉が痛い。

「もう無理。マジで無理。死んじゃう」

前後に誰もいない一本道で独り言を叫んだ。
前方から吹きつけてくる雨にかっぱは意味をなくし、ポケットに入れたスマホは何度も落下して水没した。

泣きながらすべてを後悔。けれど坂道を登り切った後、何かが弾けた

「石垣まで来てなにやってるんだろう、私」

泣きながらすべてを後悔した。
おとなしくホテルにいればよかった。自転車になんか乗らなければよかった。せめてアシスト付き自転車にしていればよかった。
そう思うと同時に、この苦しみを超えるには坂を上りきる以外に道がないこともわかっていた。必死に漕いだ。
抱え込んだ悩みも後悔も悲しみも、お願い、今だけは私の力になって。

坂道を登り切った瞬間、異様な達成感に包まれた。すべての苦悩が報われた気がして、自分の限界を越えたように感じた。
そして、今度は反対側に見える長い下り坂を一気にくだった。両足を上げて、ブレーキをほとんどかけずに、大きな笑い声をあげながら。

瞬間、私の中で何かが弾けた。
心に抱えていたわだかまりがパーンと吹き飛び、自分の表皮がペリペリとめくれ、今までの自分とは違う自分に生まれ変わったかのように錯覚した。

「なんか、もうどーでもいいや」

私のどこがダメだったんだろうとか、何か気に障ったことがあったのだろうかとか、なんで既読無視したんだろうとか、もう全部どうでもいい。
考えてもどうしようもないことは、考えなくていいこと。
彼とはダメだった。その事実を受け入れるだけでいいじゃないか。
なんの曇りもなく、素直にそう思えた。

島を一周した後、おばちゃんに自転車を返しに行った。
全身びしょ濡れになった私を見て、おばちゃんは声をあげて笑った。
「アシスト付き自転車にすればよかったです」
「だから言ったでしょ!今度は晴れてるときにおいで」

初めての石垣島は土砂降りの雨。
でも、失恋から立ち直るには、必要な雨だったような気がしている。