新人のミサキちゃん(仮)は超がつくほどの問題児。
3度に1度は遅刻する。そして遅刻しておきながらも、毎朝キラキラのお目目にクルクル巻かれた髪の毛で出勤してくるのだ。
いざ仕事を始めたと思えば、何度言っても同じ間違いを繰り返す。
更に困ったことに毎回同じ言い訳をする。気が乗らないからこの仕事はしたくない、あれだったらやりたいと平然と言い放つ上、嫌だと言った仕事は本当にやらない。
問題なのは仕事中だけではない。
休憩に出れば、時間を過ぎてもなかなか戻ってこないし、やっと戻ってきたと思えば、休憩中に飲んだであろうコーヒーの空容器は、どこかしらにポンと置かれている。
ひどい時には昼食後のゴミまでも、そのまま放置していくこともある。

「気分障害か、発達障害かも」。彼女の一言が契約更新会議で問題に

「まだ若いから」
私から見れば彼女の常識を弁えない行動は、その一言で片付けられるものが多く、教えてあげれば直るものだと思っていた。
いつか言い訳をやめ、自分自身のミスに気付くことができれば、すぐに彼女は変わるだろうと。だから何度も何度も同じ注意をし、聞き飽きるほどの言い訳を聞き流し、根気強くまた注意していた。
けれど彼女の行動は一向に改善されず、コーチである私に他の先輩からクレームがくるようになり、ついには彼女の契約更新についての会議が行われた。
そこで彼女のある一言が問題になった。
それは出勤前に彼女が同期の男の子と話していた会話。
「私、仕事しても怒られてばかりだし、働かなきゃと思うとすごく憂鬱だし、気分障害か、発達障害かもしれない」
もし、この会話が本当であるならば、彼女に対する接し方を変えなければならない。
出来ない彼女に理解を示し、「言い訳は良くないよ」なんてフィードバックも禁句だ。
かと言って遅刻をしょっちゅうされると、私たちにかかる負担が大きすぎる為、その辺りについてはお互いが譲り合わなければならない。

絶対嘘だと思うけど、でもこればかりははっきりと否定できない

会議にいたメンバーも、「多様性を尊重すべき時代だから」とか「お互い分からないことの方が多いから」なんて言葉を選びながら話を進めていたが、きっとみんな私と同じ考えだと思う。

正直な心のうちは、「彼女の話は絶対嘘だ」。
遅刻する時はいつも怒らないメンバーが揃っている時なこと、権力の強い年配チームにはそんな話は一切しない点や、大学にも通い、友達と遊びに行きと、普段の生活の話を聞いている限り全くその気が感じられず、その話を聞いた子たちが心配して「病院に行ってみたら」といった提案には一切耳を貸さない。
私から見ると、どう考えても彼女は軽はずみに「私、病気かもしれない」と言ったように思えてしまうのだ。
けれど、こればかりははっきりと、「病気じゃないでしょ」なんて言えない。
だから私もみんなと同じように、「様子を見ながら考えましょう」と、当たり障りのない言葉で場を繋げた。

心の病気は、なる方も見守る方も判断基準がない分、とてつもなく厄介

私は摂食障害で、ご飯を普通に食べることが出来ない。
一口食べ出すと止まらなくなってしまうから、朝起きてから帰るまでの10時間ほどは無食の状態で働いている。
日常的に繰り返す嘔吐のせいで、目眩はしょっちゅうだし、耳も半分聞こえなくなってしまった。
そして気持ちが落ち込んだ日には、全ての連絡を無視して自分の殻に閉じこもってしまう。
話すことや笑うことが苦痛だから。
けれど、こんな話誰にも理解して貰えない。
だって普段は当たり障りなくみんなと同じように働いているから。
五体満足な体に、標準的な見た目、年相応の精神年齢だから。
はたから見れば、私の話も「病気じゃないでしょ」と、言われてしまうかもしれない。
けれど、私自身は毎日苦しいながらに働いているし、夜になる度、普通に過ごせない自分に落ち込みながら、また朝を迎えている。

それでも自業自得だと、誰にも言わず毎日普通の人間として働いているからこそ、もし彼女が病気だったのなら、より一層理解を示してあげるべきだと思うし、逆に、もし彼女が軽はずみに「私、病気かもしれない」という言葉を発したのなら、彼女に対して、今までのように接することが出来なくなるかもしれない。
怒りと呆れと悲しさが入り混じった今回の一件を終えて感じたこと。
目に見えない病気は、人によって違う病気は、なる方も、見守る方も、判断基準がない分、とてつもなく厄介だなと思う。