それは、彼と別れて1ヶ月が経とうとしている夜だった。
私は、悶々と考えている心の内を誰かに話したくてたまらなかった。依然、彼がなぜ私を振ったかは分からない。ただ1つ、「重かった」という言葉を残されただけだ。
だがその解決……というより、問題に何か一筋の光が差したような気がしたので、誰かに話したかったのだ。

とりとめのない私の話を静かに聞く妹。心がすうっと晴れる感覚がした

ある月の綺麗な夜、私は、妹へ電話した。私より2つ年下の、少し独特な考えを持った子だ。
「もしもし。お姉元気そう?」
いつもと変わらない声色。
「あのね、ずっともやもや考えていることがあって、聞いて欲しくて」
受け入れてもらえなかったらどうしよう。少し不安を抱きながらも、私はそう口にする。
「いいよ、何でも話して」
と、妹。
私は話した。彼が自分本位の人間であったこと。私は他人よがりの人間であり、価値観が全く合わなかったこと。他人に自己の評価を任せっぱなしにしていたから、重いと言われたのではないか。そして、自分よがりの価値観だと自己が歪んでしまうことと、他者よがりだと価値観が脆いこと。
妹はとりとめのない私の話を、静かに聞いてくれた。私の心が、すうっと晴れていく感覚がした。
「なるほど、お姉はそう考えているんだね」
妹は、頷いているかのようにそういった。
「だからね、自己と他者、どちらの評価があってこそ人、自分の評価になると思うんだ」
と、私。二人して、少し考えるかのように黙した。窓の外、虫の合唱だけが響く。

「自己6対他者4だな」。妹の大人びた考え方は、まさに目から鱗

しばらくして、妹が口を開いた。
「自己と他者の評価の比率ってさ、どのくらいがいいと思う?」
妹から投げかけられた問いに、私は、
「うーん、5対5くらいで考えている。比率がおかしくなると、人って狂うからね」
と、答えた。妹も「うーん」と小さく言い、
「私は、自己6対他者4だな。結局、自己がないと崩れちゃうもん」
と答えた。目から鱗だった。
彼女は、他者の意見を踏まえつつも、自分を大切にする人だった。私よりもずっと大人じゃないか。いつの間にこんなに大人びたのか。驚いてしまった。と同時に妙にその6対4に納得がいった。
「例えば、粘土で作品を作るときに、粘土をこねるっていうのが自分。さらに道具を使って細かく造形していくっていうのが、他人なんだよ」
と妹は話す。なるほど、造形師らしい例えだ。
「なるほどね。めっちゃ納得したよ。確かに、自己がないとまず始まらないもんね」
そう言いつつ、私の中には不安もよぎっていた。他人ありきで生きてきた私に、果たしてそんな生き方ができるのか。変われるのだろうか。思いを口に出す前に、妹は見透かしたように、私にこういった。
「初めからうまくいかなくても、まずは自己2対他者8とか。少しずつできるようになればいいんじゃない。人生長いんだから、焦るものじゃないよ」

人は急には変われない。でも気づいたことなら変わることができる

涙が出そうだった。
「それに、気づけたってことは、気づかない人よりは変われるんだから、大丈夫」
そうだ、私は気づいたのだ。自己のあり方について、考えられたのだ。
「ありがとう、私、少しずつ変わっていくよ」
私は、震える声で言った。気づけば、月は天高く昇り、遠く離れた妹と私を力強く照らしていた。

人は急には変われない。でも気づいたことなら変わることができる。
人と共存する以上、人のことを無視した自分本位な人間になることも、他者ありきで自分なく生きるとこもできない。だからこそ、他者と自己のバランスが重要になってくるのだ。少しずつでも、バランスの取れた人間になっていきたい。
話しをしてくれた、気づかせてくれた妹にありがとう。
あの夜に、ありがとう。