「俺で良いの?」ベッドの中でそう声をかけられる数時間前、場所はとある居酒屋に遡る。
「今週もお疲れ~!」そう言って目の前のビールを一気に飲み干した彼女は、学生時代に働いていたインターン先で知り合った。
所詮就職活動のため、と籍を置くだけの人も多い中、中心メンバーとして率先して仕事に取り組んでいるのを見かけたのが初めての出会い。同い年なのに格好良いな、と尊敬していた彼女とチームが同じになった時は「チャンスだ!」と話しかけたのを今でも覚えている。
ぱっと見クールでとっつきにくい印象を持っていた彼女は、話してみるとサバサバしていながらも凄くお茶目で可愛らしい子で。食の趣味やお酒の波長が合う事もあり、今では定期的に近況報告し合える親友の一人である。

「思い切って誰でも良いから一線越えちゃえば?」

「最近どうなの?」お酒が進み、仕事の話も尽きた頃、毎回やってくるこの質問。「うーん、報告ゼロ。ごめんね(笑)」。そして、これが毎回の私の答え。
私はこれまで恋愛関係について周りに話した事がない。というのも、良いなと思った人には既に付き合っている人がいたり、好きな人が出来ても気づけば彼女がいたり。自分から行動すれば違う未来が見えていたのかもしれない。だけど恋愛になると臆病になってしまい、そんな時間を過ごしているうちに社会人になっていた。
「可愛いしモテるの間違いないはずなのに」、「高嶺の花って感じなのかな……」。ビールを飲み終え、ハイボールに手を出し始めた彼女は、自分の事のように悩んでくれるから申し訳なくなる。
だけど、今回はちょっと違った。「もうさ、思い切って誰でも良いから一線越えちゃえば?」思わず飲んでいたお酒を吹き出しそうになった私を見て、「刺激強すぎた?」なんてニヤリと笑う。
それなりに男遊びにも慣れている彼女は、恋愛面では私と対極にいると言っても過言ではない。「まあ焦らずよ、自分のペースも大切だからね」。そう励ましてくれる彼女はやはり優しいけれど。

私のタイプで密かに良いなと思っていた彼。突然の飲み会への合流

ある程度の時間が過ぎた頃、まだ終電まで余裕あるね、とお店を移動する事に。飲み物を頼み終え待っていると、突然、「あ」と携帯を見ながら彼女が呟いた。
「どうしたの?」「今から合流して良い?って連絡来た、良いよって返信しちゃうね~」。
相手は同じインターン先の共通の友人。どうやら彼女がSNSにストーリーを載せていたらしく、メッセージが届いたらしい。
何度か一緒に飲んだ事もあるし、まあいっかと思い「は~い」と呑気に返事をしたけれど。
「お疲れ、結構飲んでる?」そう言って颯爽と現れた彼は、私のタイプで密かに良いなと思っていた人。
関係が崩れるのが怖くて、私からは何も言えずにいるけれど。そんな彼が隣に座るから、心臓が高鳴るのを顔に出さないよう必死に抑える。さらに「俺も同じのにしよ~」なんて私のグラスを見ながらレモンサワーを注文するから、本当に罪な男だ。
「電車やばいね、そろそろお開きにしよっか」。
もうそんな時間か、と周りを見渡してみれば、お店も閉店作業を始めていて。久しぶりにお酒を飲んだからか、いつもよりふわふわしている気がするのは気のせいだろうか。

「終電逃したかも」。気になる彼と同じ部屋に泊まることに

「気をつけて帰るんだよ!」方面が逆の彼女とは別れて、電車を調べようと路線アプリを開く。「……あれ?」次の電車は朝の5時。画面を何度更新してもその情報は変わらない。終電逃した?
「大丈夫?」電車の方面が同じで、隣に立っていた彼に声をかけられる。「終電逃したかも。どこか泊まれる所、知らない?」お酒を飲んで判断能力が鈍りながらも、どうにかしなきゃという冷静さはあるから我ながら凄いと思う。
「知ってるけど……1人で行ける?」そう覗き込みながら言ってくる彼は、きっと優しさから発せられた言葉だろう。私が方向音痴なのを知っているから、というのもあるかもしれない。
「一緒に行こうか?」
お互い酔っていて、お酒の勢いもあったと思う。「お願いしても良い?」そう返せば「了解」と微笑み、慣れたように近くの建物へ入っていく。
チェックインの手続きを済ませ、部屋に入り。「シャワー、先使う?」なんて言われるから「先に使っちゃって!」なんて返すけれど。

「初めて、俺で良いの?」その時、思い出した親友の言葉

部屋のベットは1つ。どうしたら良い?普通に眠るだけだよね?初めての状況にテンパっているのは事実で。一人で悩んでいれば、「お待たせ~」なんて髪が濡れた状の彼が目の前に現れるから、「は、はい!」なんて戸惑ってしまう。
彼は優しいから一緒に来てくれた。きっと何もないから安心しろ、私。そう自分自身を洗脳して寝る用意をし、既にベッドに横たわっている彼の邪魔にならないよう、背中を向けてなるべく端に。
……行ったはずなのに。「そっちじゃないでしょ」。グッと腰を引き寄せられ、そのままぐるんと方向を変えられたと思えば、目の前には天井と彼の顔。初めての状況に緊張だかなんだか分からず、ただ見つめる事しかできない。
すると彼の顔が段々近づいて来るから、「……待って」と自分の口元を抑える。「実は初めてなの、この歳でって引いたでしょ」。彼は目を見開く。驚くよね、絶対引いたよね。
正直に言い過ぎたかな、完全に幻滅させちゃった、と思っていた。……思っていたけれど。次の瞬間、ふわっと優しい顔になるからこっちが首を傾げる。「初めて、俺で良いの?」普段聞いた事のない甘い声で囁く彼。
「一線超えちゃえば?」そんな言葉を思い出しながら、首を縦に振った。