私はどうしようもなく「夜」というものが好きだ。
あのスッと頭が冷える感覚も、なんだか自分が絵本の中に出てくる、不思議な世界に迷える人物になった気分も、全ての空気感が自分を世界で唯一の主人公にしてくれる。
だからこそ私は温度の低い、けれどたしかな「生」を感じる、そんな夜を愛している。
AM4:00まで好きな男の子の妄想をした一夜、初めての彼氏にフラれて泣きはらした一夜、世界が大回転するまでウイスキーを飲んで、翌朝あまりの大惨事に未来永劫ネタにすることを誓った一夜。
そんな親友たちのような夜も、年々記憶から薄れていっている。きっとそれは自然の摂理。でもたった一日だけ、私にはどうしても色褪せない夜がある。
あの夜があったから、今の私がここにいる。
女の子にはよくあるような、ないような、そんなちょっぴり不思議な夜。

お金さえあれば彼にまた愛されるはずだと信じて、夜職の面接へ

その日、私は夜職の待機室にいた。
初日、面接の日。
なぜ?と問われれば単純で、人生なんか全てどうでもよかった。彼氏はギャンブル、大の浮気好き、息をするように甘い嘘を吐く。そんな男だった。
金が足りないと言われれば少ないバイト代から、ほぼ会いにこない、来ればセックスだけの彼をひたすらに待つ、心の壊れたメンヘラ。それが私だった。
大好きな夜に、ふたり消えてしまいたいと思ったことは何百回あっただろう。
ひとりぼっち、毎日寂しい思いを抱えて生きていた。
ひとまずお金が沢山欲しかった。彼にお小遣いをあげて、沢山のデパコスを買って可愛くなったら、絶対にまた私を愛してくれるはず。愚かにもそう信じていた。

店長には気に入ってもらえたのか、これでどうにか入店してくれないかと、パイプ椅子に座りながら差し出された現金。私の月のバイト代の3分の1。
今日は見学だけと待機室を案内され、これが闇金ウシジマくんの世界なのかなぁ、なんて壊れた頭で考えていた。
そこには大勢の可愛い女の子たちが座っていた。ヒソヒソとした声が聞こえ、気まずさを感じながらも私は一番手前端の僅かな隙間に腰を下ろした。

八重歯がかわいい女の子と話すうちに、私の中で何かが変わる音がした

5分ほど経って、突然その時はきた。
「○○に似てるね!言われない?」
黒髪で少し雰囲気はギャルっぽい、八重歯が可愛い女の子だった。
その芸能人はそれまで聞いたことがなくて困ってしまったけど、なぜかその子の雰囲気はイヤではなかった。
「何年生まれ?もしかして同い年!?」
歳が一緒、ただそれだけのことで私たちは話を始めた。
聞けば彼女も最近入店したばかりで、他の子は皆ツンとした感じで話しかけづらかったと言う。
「なんか、優しそうだったから」
そう言ってフニャリと笑う彼女を見て、私も思わずフニャッと笑った。

彼女と色々な話をした。最近気になっているコスメの話、家族、好きな食べ物好きな音楽、好きなひとの話。気づけば閉店の時間になっていた。
店長にまた連絡します、と別れを告げ、二人揃って店を出た。
「あのさ……」
「もう少しだけ、楽しく生きてみてもいいんじゃない?」
その子が言った。
この後は、大好きなハズの彼氏に久しぶりに会う、大切な夜だった。
今まで自分の全てを捧げてきた、分かっていた。貰えることのない、一途の愛。
「そうだね」
自然に私の口をついて出たのは、あっけらかんとした答えだった。
何かが変わる音がした。

大好きなハズの男を一度も思い出さないほど楽しい、2人のラブホ時間

そこからは、桜舞い散る春の嵐のようだった。
すっかりテンションが上がってしまった私たちは、マックでハンバーガーとポテト、ドンキで瓶のお酒とツマミを買って、スキップで新宿のラブホ街に向かった。
「こういうお泊まり、してみたかったんだよね!」
キラキラとはしゃぐ彼女と、自分の行動力に驚く私がいた。
適当に綺麗そうなホテルに入り、部屋につくとまずは二人で自撮りをしてはしゃいだ。グラスを出してお酒を注いで、テレビをつけたら突然出てきたAVに爆笑して、その後当時話題になっていた映画を観た。
疲れたのか、いつの間にか彼女は眠ってしまっていて、私もゆっくりそのまま目を閉じた。
いつもはひとりぼっちでぽっかり浮かんでいるような夜も、その時は唯一、大好きなハズの男を一度も思い出さずに眠りについた。

彼女と思い切りはしゃいだ夜は、私を取り巻くすべてのことを変えた

朝がきた。昨夜の化粧ままの互いの顔を見て、やっちゃったねーと二人で顔をしかめ合い、笑った。
ケータイには20件以上の不在着信。
いつもお利口な忠犬である私が、昨夜いるはずの家にいなくて焦ったのだろうか。
数分表示メッセージを見たあと、私の右手の人差し指ははじめての動きをして、そして画面を閉じた。
「またさ、色々聞くからね、また遊ぼうね」
そう言って彼女は大きく手を振り、朝の新宿の改札へと消えていった。
不思議な夜だった。
たった一夜で、私を取り巻くすべてのことは変わったのだった。

今、様々なことがあって彼女とは疎遠になってしまった。
それもまた、人生のひとつの流れなのかもしれない。
しかし、あの一夜から数年後、彼女繋がりの出会いで、この先の人生にない程、素敵な男性に出会った。そしてその男性は現在の夫でもある。

あの夜があったから、今の私がここにいる。
女の子にはよくあるような、ないような、そんなちょっぴり不思議な夜のお話。