私が憧れる母との思い出には、必ずおとぼけエピソードがある

突然だが、私はとても笑い顔だ。どのくらい笑い顔かというと、小学生の頃に川で溺れ、必死で助けを求めている私の表情を見た母親が「楽しそうに泳いでいる」と思い、しばらく微笑みながら見ていたくらい笑い顔だ。

溺れた私を微笑みながら見ていた母。この人こそが私の憧れの人だ。
今、この話を読んでいるあなたは、こんなおとぼけ母さんが憧れ?と思っただろう。たしかに私の母はとてもおとぼけなのだ。

携帯電話と間違えてテレビのリモコンを職場に持って行ったりするし、お正月にとっておきのいいお肉ですき焼きをしようとしたら塩と砂糖を間違えたりするし、某ファミリーレストランのことを「どっきりモンキー」と言い間違えたりする。ここだけの話だが、服を裏表反対で着ていて「裏表反対やで」と教えてあげようとしてよく見てみたら前後も反対だったなんてことが何回もあったりする。
こんなことがあまりに多いので書ききれないが、どうしても私はこのおとぼけさんに憧れてしまうのだ。

この人には勝てない。そう感じたのは、母の優しさと強さを知ったから

先日、母親が買い物に行き、私が車で待っていたときのことだ。
スマートフォンでゲームをしながら母を待っていると、なんだか変な空気を感じた。ふと顔をあげてみると、店から人が数人一斉に出てくる。なんかおかしいなと思いながらキョロキョロしていると、みんなから少し遅れて母が走って出てきた。

母親の走る姿なんて見ることがないので、少し笑ってしまった。急いで車に乗ってきた母親が「お店の中で暴れてる人がいて、店員さんに掴みかかってはるねん」と言う。誰かが通報したようで、すぐに警察が来て、私たちも帰宅した。


帰宅後、母親に「お母さんだけ出てくるん遅くなかった?」と聞くと、「店員さんになんかあったら助けなあかんと思ったから」と言う。暴れていた男性に勝てると思ったのか?と思うが、出来るか出来ないかは別として、その場にいて見守るということができる強さは私にはないので、この人には勝てないなと思った。

これを読みながら、ここが憧れポイントか?と思った人もいるだろうが、ここは最大ではない。最大の憧れポイントはこのあと母親が言った、「でも暴れてる人が出ていって、あんたのとこ行ったらあかんわと思って急いで出てきた」にある。

母が走ってくれるのは、いつだって私のため。憧れる母の存在

それを聞いたときに、ああ、この人はいつだって私のことを考えてくれているんだと思った。そして私のために走ってくれる。
母親の走る姿なんて見ることがないので少し笑ってしまった、なんて言ったが、あのとき、川で溺れたときも、溺れていると気づいた瞬間に走って助けに来てくれた。母親が走ってくれるのは、いつだって私のためなのだ。私の知らないところで走っているのかもしれないけれど。私の記憶のなかの走る母は、いつだって私のために走ってくれていた。

今年、私は母が私を出産した年齢になる。こんないい大人の年齢になっても、母親にとってはいつまでも私はこどもなんだなと、少し恥ずかしく、そしてとてもうれしく思う。
今のところ結婚の予定はないし、もちろん母親になる予定もない。走るのは得意ではないし、運動会で一生懸命走っていたら母親に「めっちゃ笑いながら走ってたな」と言われたくらい笑い顔。

でも怒ってるより笑ってる方がいい。母にもらったこの笑い顔を誇りに生きていく。そして母のように、大切な人のために走ることができる人間に、母親になりたいと思う。
こんなこと母には恥ずかしくて言えないので、ここだけの話にしておいてほしい。