あの日、あの瞬間を私はこれからずっと忘れないと思う。二十歳を目前にした夏休みの幕開けの夜のこと。友達と久々にご飯を食べに行った帰り道、自転車に乗りながら彼女は言った。「私、留学しようかな」。

大学で、こんなに信頼できる友だちができると思ってなかった

その横顔に惹かれ、家の近くの公園へ。いつもはどちらかの家に行くことが多い。でもその時の気分は公園だった。自転車を置いて、コンビニでジュースを買って、ブランコに腰掛ける。苦手な炭酸を飲みたくなって、それでも飲み切れる自信がなく、紙コップも一緒に買ってそれに注ぎながら少しずつ飲む。
出会って一年という短い時間で、彼女とは何でも話せる間柄になった。大学に入ってこんなにも信頼できる友だちができるとは思ってもいなかった。自分の中で彼女の存在は大きく、常に自分を深めてくれる大切な人。 
「今いる世界が全てじゃないし、広い世界を見てみようと思う。小さいこの場所で悩み続けてるんなら、思い切って飛び出してみようかなって」。そう言ってジュースを一口飲んだ彼女の横顔はとても美しかった。
二回生前期を終え、様々な葛藤の中で密かに考えていたそう。言うつもりはなかったことを話してくれた。

「私は、家族にちゃんと話す」。女優になる夢を諦めない

私たちには夢がある。明確だけど、明確じゃない夢がある。その夢を毎日必死で追って、もがいている。同じ夢に向かっている仲間でも、みんなそれぞれやりたいことや方向性は違う。二回生にもなると、夢を実現にしだす人も出てきて、正直焦る。
彼女の夢のためへの決意、それは相当大きいものだった。素直に応援したいと思えた。だから私も自分の決意を話した。「私は、家族にちゃんと話す」。
大学に通わせてもらい、一人暮らしもさせてもらって家族には感謝しかない。それでも夢を諦めないことを話さなければならない使命があった。私はこの夏の帰省中に成人する。向き合うことに逃げてはいけなかった。
学校では映画を学び、演技を学んでいる。女優になる。そんな夢を持った仲間で溢れている。授業は楽しいというより、苦しいのが本音。それでも演じることに囚われてしまう。それは夜の暗闇のように果てしないもの。

「この夜の記憶は一生、私の中にあり続けると思う」。

二人で空を見上げた。ブランコの縁と、生い茂る木の葉。その間から濃い青が見える。夜が更けかかっていて真っ暗なはずのその空は、私の目にはほんのりと青色に映った。
「この夜の記憶は一生、私の中にあり続けると思う」。「忘れることはない、忘れたくない夜だよね」。そんな言葉を交わしながら、じっと上を見上げ続ける。人生が上向きになったような気がした。
二人の落ち着いたトーンで話す声、微かに揺れるブランコの音、野良猫が木や草を揺らす音、通りを走る車の音。ゆっくりと流れていく時間の流れを、夜の涼やかな風が頬に当たることで教えてくれる。
「悲しい時とか辛い時とかきっと、今日のことを思い出して夜を見上げると思う」。夜空を見上げるというより、夜そのものを一人で見上げている自分を想像しながら言う。空は世界中どこにいても繋がっているから、見上げれば彼女に語りかけることができるはず。
気がつけばペットボトルに入った炭酸はなくなっていた。あの夜は、炭酸のように儚く一瞬だった。それでも私たちの中では永遠の夜として残り続ける。
あの夜があったから、お互い強く覚悟をもてた。これからもずっと私の支えになるはず。