私のクローゼットには水色のワンピースがある。2年ほど前に母と一緒に買ったものだ。
今はクローゼットに眠るこのワンピースが、私にとっての鎧であり、大きな武器であった。
高校3年生の春から、私は声優になることを目指して、養成所や専門学校に高校や大学と並行して通っていた。声優になるための1つのルートとして、養成所の査定や専門学校で行われるオーディションに合格して事務所に入り、そこから作品のオーディションを受けて仕事をとっていく道がある。私はついこの間まで、事務所に入るためにレッスンの傍らオーディションを受けていた。

審査のため自分の特徴がつかめても、体現する服装選びはさらに難しい

オーディションにはたいてい、写真を載せた書類の提出が必要であり、書類選考を通過すると、実際に審査員の前で自己PRや課題セリフの読み、歌唱などをすることになる。この過程で見られるのが、その人のキャラクターである。つまり、写真の雰囲気、服装、課題セリフを選ぶところから、すべてその人の魅力を最大限引き出すものでなくてはならない。
そのためには、自分の得意なキャラクターの把握や自己分析が必要不可欠になってくる。それまでそれほどファッションや容姿に関して力を入れてこなかった私は、いろいろなファッション誌を読み漁り、SNSなどもチェックして研究した。
しかしそれは、とても長い道のりであった。ようやく自分の特徴がつかめてきても、それを体現する服装選びはさらに難しかった。
求められるのは基本、「年相応、もしくはそれよりも若く見える」である。大人っぽい服装が好きでも、大人っぽいキャラで売る可能性がない限り、その服装はできない。
自分が演じるのに得意とするキャラと普段の服装に乖離があった私には、途方もない作業のように思えた。何度も先生からダメ出しを受け、何が正解かわからなくなっていった。

作りこんだイメージがしっくりこず、水色のワンピースで撮り直し

そんな中、次の写真までに急いで服を用意しなければならないという時に、たまたま母が見つけたのがあの水色のワンピースだった。
シンプルだけど、Vネックでデコルテが綺麗に見え、ウエストがシャーリングのゴムで、細見えするワンピースだった。似合う気はしたが、オーディション服にはシンプルすぎるのではと不安になった。
夏のオーディションの結果は微妙であった。悪くはなかったが、格別よくもなかった。先生に「写真を変えたほうがいい」といわれ、一度服装と髪型をがらりと変えて春のオーディションに臨んだ。結果は上々であったが、どうもしっくりこない気がしていた。キャラクターを作りこみすぎた気がして、自分と少し離れてしまった気がした。
オーディションのラストスパート、私は水色のワンピースでもう一度写真を撮り直した。研究したメイクや髪型も合わさって、夏よりずっと綺麗に撮れていた。その写真で私はもう一度オーディションに臨み、無事に合格をした。

水色のワンピースは私服となり、これからも形を変えて私の人生と共に

何度もその服装でオーディションに臨んでいると、その服は自分に自信をつけるための鎧となり、事務所に自分を売り込むための武器となる。私にとって水色のワンピースは、母が選んだ服ということもあり、とても思い出深い一着だ。
春からしばらく事務所と契約をしてレッスンに通っていた私だが、この秋で退所することを決断した。本格的に就職活動が始まり、両立することに厳しさを感じたからである。来年の夏から水色のワンピースはオーディション服から、私の私服になる。
ついに自分のための服になるのである。この服がこれからも形を変えて、私の人生に寄り添っていってほしい。