彼との出会いは、3年前の5月。確か、1年ぶりに開かれた職場の同期飲みの帰りだったと思う。

入社2年目、この1年で自分と比べようのないほど様々な仕事を経験し、すっかり社会人となった同期達を前に居心地が悪くなり、「明日も早いから」と一次会で別れ、飲み足りない気分でひとり池袋駅を歩いていた。

そんな時に、「これから少し飲みませんか?一杯ご馳走します」そう声をかけてきたのが彼だった。

池袋駅でナンパされた彼に興味を惹かれ、一杯飲みに行くことにした

彼の第一印象は、真面目そうで変わった人。というのも、その時の私はスマホ片手にイヤホンをし、伏し目がちでとても話しかけたくなるような印象ではなかったはずだから。

数いる人の中から何故あえて私に声をかけたのか、ナンパなんてしなそうな彼の雰囲気に強く興味を惹かれた。そして、好奇心と少しの酔いと何か新しいことをしなければという焦燥感や劣等感など色んな気持ちが背中を押して、私は彼と一杯飲みに行くことにした。

今までも池袋駅で声をかけられたことは時々あったが、こんな風に初対面の人と飲みに行くなんてことは初めてで、一体どこへ連れて行かれるのかとビクビクしながら歩くこと数分、ムーディーで大人だけが入ることを許された様な雰囲気のバーに到着した。キャンドルのみで照らされたそのおしゃれ空間は、生まれつき視力の低い私にとっては、ほぼ暗闇だった。

視力の低さ、そこからくる目つきの悪さは私の大きなコンプレックスだった。学生時代は、その目つきの悪さから身に覚えのない理由でケンカを売られ、就活面接では視線が合わないことで自信のない人として扱われていた。

何を頼めば良いのかも分からず、彼が勧めてくれたイチゴのカクテルを飲みながら、お互いの職業、年齢、出身地、何人兄弟かなど他愛のない話をしながら、私達は少しずつ打ち解けていった。

彼は私の髪型や服装、話し方までたくさん「褒めて」くれた

ナンパで出会った男性というのは皆そういうものなのか、彼は私の髪型や服装、話し方までたくさん褒めてくれた。「僕の方、もっとちゃんと見て」そう横から覗き込むようにして言った彼に、私は何も言えなかった。

初対面の彼にわざと目を合わせていないわけではないのだと、どう伝えるべきか適当な言葉が見つからず、カクテルを口にしてその場を誤魔化した。目を合わせて話す。この簡単なことが出来ない歯痒さ、正直に話せないずるさ、相手への申しわけなさ。こんな気持ちになるくらいならさっさと帰ればよかった。

そんな私の気も知らず、彼はどんどん会話を続けていく。そしてしばらくして、彼は不意にフッと笑って、「すごくシャイだよね。一瞬目が合ってもすぐそらして、そういうところが可愛い」と言い出した。びっくりした。

昔から目つきの悪さがコンプレックスだったけど、彼は「可愛い」と言った

学生時代、「あなたは明るいから」「目つきが悪くても素敵な声を持ってるから大丈夫」と慰めてくれる友人や先生は確かにいた。でもその人達はみんな、両親でさえ、視線に代わる「声」や「明るさ」へと話題を変えた。

新しい魅力を見つけてくれたことに感謝しつつも、やはり「声」や「明るさ」で補うべき欠点でしかないのだと、私のコンプレックスはさらに深まっていった。そんな私の視線を彼は「可愛い」と言った。生まれて初めての褒め言葉、そんな需要があったのかと衝撃的だった。

彼からすれば酔った冗談かもしれないし、社交辞令だったのかもしれない。でもその夜、私の中で23年間コンプレックスでしかなかった自分の欠点に、「可愛い」というもう一つの要素が確かに加わった。