2014年の秋場所だ。この場所は新入幕の逸ノ城関がザンバラ頭で猛威を奮っていた。
初めての場所ながら全勝を守って迎えた十四日目。相手は最強の男、第69代横綱白鵬翔である。
私はたまたまついていたテレビの相撲中継に夢中になった。この頃の私は相撲の「す」の字も知らない20歳の女で、そんなうら若き女子に相撲はとにかく新鮮に映った。取組の前にくるくると呼出さんが土俵を回っている。
「懸賞だよ。一本につき決まった金額がついていて、買った方が全部貰えるんだよ」
キッチンから母が言った。夢追い人フリーターで、万年貧乏の私にはそれだけで充分な衝撃だ。

大相撲を知り、白鵬翔のファンに。彼は私が知る誰よりも神がかった人

たった一日の、一瞬だけの戦いでこんなにもお金が動く競技があるなんて。まさにジャパニーズドリーム。そこから私は大相撲の虜になった。
元々、歴史や伝統芸能が好きだった私は大相撲にのめり込み、場所に足を運んだり、国技館や巡業でアルバイトをしたりもした。けれどもその反面、夢中になるほど大相撲の嫌な部分も見えてきてしまうもので、不祥事が多く、辟易することもあった。
それでも今でも大相撲を観続けるのは一人の力士の存在があるからだ。私が初めて見た取組で全勝の逸ノ城に土をつけた男。白鵬翔。
白鵬はモンゴル出身でまさにジャパンドリームを追い求めて、日本に来た力士の一人である(現在は日本国籍に帰化)。
私は大相撲を知り、熱狂的な白鵬翔のファンになったのだ。こんなにどハマりしたのはアイシールド21の進清十郎くん以来である。決定的に違うのは白鵬は実在する人物だということ。実在するのに、私が知る誰よりも神がかった人だと思う。
とにかく強い。史上唯一の幕内1000勝達成、幕内最高優勝45回。

ファンでい続けることを悩んでいる頃、彼と対峙する機会ができた

だがすごいのは記録ではなく、そこに至るまでの過程だ。一言で言えば努力の天才だろう。彼の努力に裏打ちされた自信はとにかく美しい。調べれば調べるほど、見れば見るほど彼に惹きつけられた。
しかし、彼に対する世間の評価は全てが良いわけではない。時には批判が彼を囲み、私を悩ませた。ファンである私は、彼に対する誹謗中傷に何度も心を痛めたし、ファンでい続けることが辛い時期があった。この人を応援し続けて楽しいのか。ファンでいて良いのか。
悩んでいた2019年、私は白鵬翔と対峙することになる。機会に恵まれ、千秋楽パーティーに参加できることになったのだ。
推しに会える。いくら悩んでいても、やはり心が躍る。良い着物を着て、ヘアセットをし、一人で会場に乗り込んだ。

白鵬は実在していた。私は白鵬が存在する部屋で白鵬と同じ空気を吸った。あの時のことは一生忘れないだろう。そして、あの日、きっとこれからもこの人を好きでい続けると
確信した。

夢を追い続ける白鵬という夢を、いま私は追いかけている

白鵬は怪我をして休場していたにも関わらず、私たちのためにパーティに顔を出し、長い時間ずっと立ちっぱなしでファンサービスをしていた。怪我や世論の批判は大丈夫か、と周りが聞いても彼は弱音一つ吐かない。私は白鵬の強さをまた知ってしまった。
頂点に立つ人は孤独だ。彼は14年間も孤独の中で戦い続けている。
白鵬と対面した私はろくに話すことができず泣いてしまったが、白鵬は笑って私の手をしっかりと握り「ありがとう」と言った。
このパーティをきっかけに私には一つの新しい夢ができた。白鵬のファンとして、恥ずかしくない、彼に向き合えるような強い人間になりたい。ちゃんと、好きですと伝えたい。
白鵬は夢という言葉を好んでよく使う。彼は若い頃からずっとたくさんの夢を持ち、追い続けている。私もそういう人になりたい。
体が小さく誰からも見向きもされなかった15歳の少年は諦めず夢を追い続け、力士になった。横綱になった今でも新しい夢を追い続けている。
白鵬が夢を見続けたおかげで私は白鵬に出会えた。夢を追い続ける白鵬という夢を、いま私は追いかけている。