熱いと言うよりアツかった。
高3の夏。受験シーズン真っ盛りで月400時間勉強しろと学校に言われていたその夏、私は同人誌作りに夢中だった。
は?と思うだろう。
私も今思い返すと、は?と思う。
しかし、事実なのだ。
私は高3の人生を決める夏、同人誌に命を注いでいた。

界隈では少し名が知れるように。でも欲しいのはそんなものではなく

時は高2の頃に遡る。
私はある作品に出会ってしまった。
弱虫だった少年がロードバイクと出会い、その中で成長していく熱い暑いアツい漫画に。
のめり込んだ。
少ない小遣いで漫画を全巻買い、アニメを全部見てTwitterを開設した。
そのTwitterで神様に出会う。
その人の放つ作品は、青春の輝きをぎゅっと閉じ込めた、甘くほろ苦い飴玉みたいだった。
初めて宗教画をみたクリスチャンみたいな気持ちになった。

と、同時に強烈な悔しさが込み上げた。
私だってこの作品を愛して、理解しているつもりだ。
この気が狂いそうな悔しさを発散するように、私はTwitterでその漫画のアフターストーリーのような小説を毎日上げた。
フォロワーはうなぎ上りに増えていった。
私も界隈では少しは名が知れるようになった。
でも私が欲しいのはそんなものではなかった。
もっとこの作品を知りたい、解りたい、愛したい。
もっともっとという気持ちは日に日に増えて、私は破裂寸前だった。

疲労困憊して、売り手として同人誌販売会に参加。そこでぎょっとした

そんな時だった。神が同人誌即売会に出ると言い出したのは。
私は色んな気持ちを抱えながらも神の同人誌を買った。そして泣いた。良かった良すぎた。そんでもって破裂した。私の中にはもう同人誌を作る以外なかった。私は決意した。私の全てをかけてこの作品を解釈し愛そうと。そう決めた頃には私は新3年生になっていた。

同人誌というのは言わば自家製出版社だ。原稿はもちろんのこと、装丁や入稿なども行わなければならない。私は何も知らない女子高生だった。私はまず原稿に取り掛る前に同人誌とは何か?という問いについて調べ、考えなければいけなかった。
多くの人はここで挫けるとおもう。
ネットにあげて終わりの作品披露より100倍面倒くさいからだ。
でも私はやり遂げた。印刷会社を決め、原稿に取り掛かるまで。
さぁここからだ。ここから私は修羅を見ることになる。不安もあり期待もあった。でも私には明確な目的があった。この作品を愛する。ただそれだけ。それだけのためにわたしは勝負の夏を棒に振った。

疲労困憊になりながら無事同人誌を書き上げ、フラフラと夏の同人誌販売会に売り手側として参加した。
そこで私はぎょっとすることになる。神が、隣にいたのだ。
あの神ととなり。泡でも吹きそうになりながら、話しかけた。
「あ、あの私こういうもので……。いつも小説を読んでます」
神は言った。
「ああ、知ってますよ。あの4万字の小説。泣けました」
頭の中で皆既月食が起こった。神が私を見ていた。嬉しい怖い認められてる?貶されてる?わからないわからない。それでも高揚した。そんななか買い手の入場が始まった。

私はてんやわんやしながら本を売った。
初めて金銭のやり取りをして手にしてもらう私の作品。
もう嬉しくて嬉しくて、初めて1冊売れた時は涙が出て、買ってくれた方と握手してしまった。

そろそろ撤収という頃。
神はこう言った。
「雀さんこのあと用事ありますか」
は?もしかして神にご飯でも誘われてる?へ?神に?
「空いてますよ!」
私の声は上ずっていたと思う。
「同人作家らしく焼肉とかどうですか」
ジーザス。

なにかに夢中になって、打ち込む。これは部活でも勉強でも同じこと

どういうわけだかてんでわからないが、神が肉を焼いている。訳が分からないなりに私も肉を焼く。神は言う。
「私、雀さんのファンで。だからこうしてお肉食べてるの奇跡みたいで」
ぽつりぽつり話す神。神が私を好いている?ファン?ファンとは?混乱する頭。それでも喋りださなきゃ。
「私もミナコさんの小説大好きで神様みたいに思ってました」
キモがられただろうか。神はすかさず、
「神様なんて!そんな大層なものでは無いですよ。そんな私より雀さんの方がよっぽど神様ですよ」

そのとき心の奥底にあったわだかまりのようなものがスっと消えていった。
私は作品を愛してる。その結晶として作品を生み出したかった。でも心の隅で浅はかな承認欲求が眠っていたのかもしれない。
この承認欲求がここで解消されたからよかったものの、別の場所で出てきたらトラブルになっていたかもしれないと思うとゾッとする。
私は作品を愛するあまり心に化け物を飼っていた。その化け物が牙を出す前に抑え込めただけだった。
その焼肉会は滞りなく終わり、また会う機会があれば焼肉やりましょということになった。

私のアツい夏が終わった。
同級生は私と同じぐらいの熱量で勉強に打ち込んでいたと思うと、ほんとに何してたんだろとふと正気に戻りそうになる。
でも思い出して欲しい、なにかに夢中になって、打ち込む。これは部活でも勉強でも同じことじゃないか。私はたまたまそれが同人誌だっただけ。
同人誌は沢山のものをくれた。
作品を愛する気持ち。読者さん。そして神という親友。
これを青春と呼ばずになんと呼ぼう。

この夏を棒に振ったなんて言わない、このアツい夏をやり切ったんだと胸を張って言いたい。