「一度説明書を読んだだけで、家電製品の全てを使いこなせるわけじゃない。大人でもそうなんだから、子どもはもっと難しいよね」
大学生の頃、塾でバイトしていた私に校長が言ってくれた言葉だ。私は目が覚めたような、許されたような気持ちになった。

うまくいかない塾でのバイト。「仕方ないね」と諦めるように…

人一倍覚えが悪くて、何度も同じ失敗をしてしまう自分が嫌いだった。分かっているのに、忘れたり、他のことに夢中になったり、そして失敗してしまう。失敗するのが嫌で、出来ないことは極力避けるようになった。

塾でバイトを始めたのは、単純に子どもが好きだから。コミュニケーションは得意だから。
しかし、実際は全くうまくいかなかった。
生徒が宿題をやらない、持ってこない、公式を忘れる、テキストも忘れる。本当に本当に色んな困ったことがあった。何度言っても解説しても忘れてしまうから、だんだんと、分かったよ、仕方ないね、と催促しないようになっていた。
そんな時、校長に言われた。

人によってぜんぜん性格も考え方も違うじゃん。だから理解力もぜんぜん違うんだよ。1回で理解できる奴もいれば、100回説明聞かないと分かんない奴もいるんだよ。
先生はそいつに10回説明しても分かってもらえないから諦めたのかもしれないけど、そいつが11回目に理解できる奴だったらどうする?
俺たちはさ、生徒が分かるまで根気強く諦めず伝えてやるんだよ。

尊敬する校長の言葉で、この会社に就職を決め、気付けば2年経った

生徒が出来ることを信じて、諦めずに傍で教えてあげること。もちろんそれは、生徒に限らず自分にも深く刺さる言葉だった。私は自分が人より劣ってて恥ずかしいと思っていたけれど、ただ出来るようになる前に諦めていただけなんだと思った。
私は後にこの会社に内定した。

月日は流れ、会社に勤めて2年が経った。
役職がつき、経営の深い部分にも携わるようになった私は、尊敬する校長の元でたくさん勉強になる指導を受けた。

子どもや親、バイトの先生への対応、利益をあげるための戦略……。その当時には校長は複数の校舎をまとめあげる長に出世していた。
ある日の会議で、校長は言う。

実に合理的で「その通り」と思う校長の言葉に感じた悲しさ

俺達の塾をただの補習塾にしちゃいけないんだよ。成績悪い奴を伸ばしてくのはやりやすいよ。伸びしろだらけなんだから、授業詰めればある程度は確実に伸ばせる。
でも、それだと労力がかかる割には有名校への進学実績にはほとんどならないんだよ。

出来の悪い奴を伸ばすと、その評判が地元に広がって更に出来の悪い奴を呼ぶ。悪循環だ。
俺達は素質のある奴を見つけて、有名校に受からせるよう全力でサービス業をする。すると翌年からは出来のいい奴が自ずと集まってくる。
いっちゃ悪いけど、サービスの優劣をつける。

理にかなっている。塾選びでまず見るのはその塾の進学実績だ。成果を出さなければ、経営はやっていけない。実に合理的でその通りだと思った。
ただ、私のやりたいことはこれだったのだろうか、と思った。尊敬する校長の言葉にすごく悲しくなった。