「私は就活をしない」
こう言うと、とても驚かれる。
「理由は大学院に進学するから」
ここまで言うと、大体納得してくれる。
でも、「えっ」と言う人がいた。
大学の就職課だ。

就職課からの電話。院に進むからといって就活しないのは違うらしく

大学三年生になると、ほぼすべてというより、100パーセントの学生が就職課のお世話になる。
一般企業志望の学生は、インターンの情報を受け取りに行ったり、エントリーシートを書き直してもらったり。

公務員系志望の学生は、過去問を手に入れたり、独特な試験対策情報をもらったり。
私は大学入学前から大学院進学を決めていたから、エントリーシートを書いたことがないどころか、インターンにも応募したことはない。
大学院修了後に希望する就職先は、大学学部卒の新卒者を取るどころか、インターンさえ受け入れていないからだ。
 
大学四年の春、実家に就職課から電話が来たらしい。
「お子さん、一度も就職課に来てませんけど大丈夫ですか!?」
はあ?と、応対した母は思わず尻上がりで返答してしまった。
母の声を聞いてか聞かずか、「大学四年生ですよね、インターンとか参加されてるんですかね?エントリーシート見て欲しいとか持ってきてくれたこともないですし……あ、もしかしてもう就職決まったとかですか!?」。

ここまで一息だったとは母の談。
うちの子は内部進学で大学院に進むので、と説明しても、「えっ。だからといって就活しないのは違うと思うんですが」。
……?
頭の中がハテナでいっぱいになってしまった母が黙ると、そこからはまさに立石に水だったという。

心配してかけてくれた電話は、私の心にひっかき傷をつけていった

「まだ就職しないからといって就活しないのは違うと思うんですよ。だって、大学生のほとんどが今、あなたのお子さんと同じ年齢の頃に就活を経験してますよね?大学院を出たら就職するわけですし、経験がないっていうのはそれだけでディスアドバンテージですよ」
そこからも「就活を体験することの大切さ」を滔々と語られたそうだが、黙って聞いている母に気をよくしたのだろうか、

「ではお子さんにいつでも就職課に足を運んでくださいとお伝えくださいねー」
と言って、電話は終わったらしい。
とにかく心配して電話をくれたようだが、この件は余計なお世話どころか、私にひっかき傷をつけていった。
それも結構大きくて深めな。

大学院に進学することを、大学「院」に「入」ることから「入院」と言うことがある。
一種のスラングだ。
大学院に長くいすぎると本当に身体や心を壊して「入院」してしまうからだとか、入ったら長いこと出られないからだとか、いろいろな説があるが由来は不明だ。

幼少期から「異端」を誇りに思ってきた私の集大成は傷つけられた

そもそも精神病院に「入院」する素質があるような人が進学するからという説もある。
教授からゼミで「入院」のスラングを聞いたとき、進学しないで就職するゼミ生からは、「あー……」と納得の声が漏れていた。
私も聞きながら、さもありなんと思ったものだった。

小学生の頃から、容姿もそうだが、性格についても「変わっている」と言われることが多かった。
変な行動をするというわけではないが、「『普通』とは少し違う道を歩いているね」と同級生の親から言われたことがある。

それを褒め言葉だと受け取った私は、やはりその頃から異端だったのだろう。
その「異端」を誇りに思いながら生きてきた私にとって、集大成とも言える大学院進学を、就職課からの電話がキズをつけたのだ。

うちの大学の就職課は、近年「キャリアサポート課」に名前を変更した。
就職だけでなく、ボランティア団体等への入団も応援します、ということらしいが、そのキャリアに「大学院進学」は含まれていないようだ。
就活をしないで大学院進学をする私は、異端なのだろうか。