私にとって忘れられない匂いは、ロクシタンのハンドクリームの中の、リボンアルルという商品だ。
私は田舎娘である。鳥取で育ち、島根で暮らしている。大阪や博多や、ましてや東京なんて都会には住んだことがない。田舎にはブランドのショップなんてないし、通販でも送料が上乗せされ、テスターもかぐことはできないから、特に化粧品関係の高級品なんて買ったとこはなかった。
だから、『ロクシタン』というブランドがどれくらいの高級品で、どれくらいステキなものかを知らなかった。名前くらいは、かろうじて聞いたことがあるけれど、縁遠いものだ。
そんな私が、ロクシタンに出会ったのは、悔しい思いを抱えながら東京に訪れた時である。
親友の小説家デビューを祝った次の瞬間、悔しいと泣いていた
私は小説家になりたい。小さな頃から漠然と抱いてきた思いが、大人になるにつれて、はっきりとした形を持ち始めた。
大学では文芸部に所属し、先輩にダメ出しされながら小説を書いた。卒業するころには、何本も小説を公募に出し、落選し続けていた。
落選を知るたびに、悲しい思いはあったけれども、悔しいという気持ちはなかった。評価されなくて悲しい。受賞できなくて悔しい。そんな感じで、ずっとやってきた。
ところが、社会人になったあと、私の親友とも言っていい友人が、突然小説家としてデビューしたのだ。
受賞の報を聞いたときは、とにかくうれしくて、そして悔しかった。ひたすらに悔しかった。おめでとうと言った次の瞬間、悔しいと言いながら、私は泣いていた。先を越された悔しさと、たった一回の応募で受賞する幸運に、私は泣いた。
泣いている私に、「でも、一番に報告しようと思ったのは、君なんよ」と彼女は言った。
彼女の小説は、文句なしに面白い。不思議だけど、ほっとする小説である。
複雑な想いが揺れ動く東京旅行で、ふらり入ったロクシタンの店舗
でも、私だって、方向性は違うものの、面白い小説を書いているつもりだった。だから、同輩が受賞して、初めて落選して悔しいと思った。
複雑な思いを抱えながら、授賞式に向かった。東京の帝国ホテルで行われた授賞式で、彼女がスピーチをするときにも大泣きした。
でも、この時は、彼女が評価されているうれしさの涙だった。あの宮部みゆき先生が、絶賛する小説を彼女は書いたのだと思うと、その喜びは自分の身に起きたことのよう。
授賞式のあと、ホテルのラウンジで夜景を見ながら、私は「次は私がきみをここに連れてくるよ」と宣言した。
気持ちは複雑に揺れ動く、濃い東京旅行だった。そんな旅で、たまたま降りた駅にロクシタンの店舗があった。あの黄色い看板を見ていると、なぜだかふらふらと寄せられて、ハンドクリームのテスターを手に取っていた。
芯のある成功した女性像が浮かぶ香りに、「小説家になる」と強く決意
そして私はリボンアルルに出会ったのだ。
強くてかっこいい女の匂いだと、私は思った。七つの花果実がふわりと漂う。香りの中に、華やかでいて、しっかり芯のある、成功した女性像を見た。その像は、私の「小説家になって、またここに来る」という強い決意と結びついた。
帰郷してからも、このリボンアルルの香りをかぐと、あの悔しさと決意を思いだす。絶対に、また、あそこへ成功者として行くのだ。
この香りを身にまとう自分は、かっこいい強い女性だ。だから、小説を書く。
リボンアルルは、公式で「プレゼントをほどく時の胸が高鳴るあの瞬間のよう」と表現される。ハンドクリームをつけた瞬間、幸せな香りに包まれるのだ。そんな幸せを、私は他に知らない。
小説を公募に出すときは、いつもどきどきしながら出す。今度こそは、認められたい。評価されたい。念じながら応募する。
でも、これがダメだったら……。弱気になるときだってある。
リボンアルルは、そんな私を支えてくれる。
私なら、できるのだ、と。