特集:忘れられない匂い

記憶されていたのは「花の香り」じゃなくて、懐かしい香りだった

忘れられない匂い

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「葛(くず)」という植物を知っているでしょうか。手のひら大のハート型の葉をした、蔓植物です。

絶対に見たことがある「葛(くず)」は香りで季節を教えてくれる

私は授業を通じて知ったので、一般の認知度はわかりません。ただ、「葛湯」や「葛布」に名を残すほど昔は生活に根差していた日本古来の植物であり、一方で、欧米に渡るとやっかいな外来種として恐れられるほどの強力な繁殖力を持ちます。

そんな逞しい、あらゆる土地と気候に対応するいわゆる雑草の類ですから、絶対に見たことはあると思います。とにかく、いろいろなところに繁茂しているのです。
しかし、花となるとあまり記憶にないかもしれません。夏から秋にかけて、小さな紫色の花が円錐状に集まって咲きます。花房の数自体はけっして多くないので、葉に埋もれていることも多いです。

けれども私の小中学校の通学路にはこの葛が大量に生えている空き地があり、季節になると毎日のようにその香りを嗅ぎながら帰っていました。そのため私にとっては馴染み深い、それこそ金木犀や梅と並ぶ、香りで季節を教えてくれる花になっていたのです。

久しぶりに見つけた葛の花。香りを嗅いで感じたのは違和感だった

高校に入って通学路が変わり、大学進学で住む町が変わりました。それでも葛自体は、探せばわりとすぐに見つけられました。しかし残念なことに、ちょうど咲いていて、かつ香りが嗅げるくらいの距離にはある葛には、なかなか出会いませんでした。
大学四年生の頃でしょうか。久々に咲いている葛の花を見つけることができました。思わず立ち止まり、深く息を吸って香りを嗅いだところで違和感を覚えました。

私の知る、懐かしく馴染み深い香りとは少し違ったのです。そこでようやく気付きました。
それまで私が葛の花の香りとして認識していたものは、花の香りそれ自体だけではなかったということに。葛の花の香りに、横の田んぼの水や泥、一緒に生えていた雑草や風上の木々、それらの全てが混じってあの「匂い」になっていたのだということに。

実際のところ、葛の花自体は金木犀や梅ほどの強い香りを持っていないのでしょう。葉や蔓に対する花の割合も少なく、視覚的にも印象は弱いです。
それでも小中学生の頃、嗅ぎ取れていたのは、空き地の葛の総量の多さや他に強い香りを持つ植物がなかったことに加え、風向きが良かったからなのでしょう。

私にとって葛の花の香りは、土地や家々の匂いまで集合させた匂い

そして風は葛の花の香りだけではなく、周囲の草木や家々、土や水の匂いまで一緒に運んで来ました。小中学生の私が葛の花の香だと思い込んで嗅いでいたのは、葛の花を中心としつつも色々な匂いが入り混じっていたのでしょう。葛の花の、ではなく、「葛たちの匂い」だったのです。
大学四年生で嗅いだ匂いも、周囲の草花や時間帯によって変化を加えられた「葛たちの匂い」だったのでしょう。例えば香水が、付けた人の体臭や体温と混ざり合って、個々に変化するように。

私は、葛の花の香りを知っています。入り混じった匂いの中にある、とろりと甘くてふわりと柔らかな香りです。あのハート型の濃い緑の葉に隠れた薄紫を見つける度、積極的に香りを嗅ぎに行くようにもなりました。就職で引っ越した町でも、これから行くかもしれないどこかでも、その香りに気付けるでしょう。

同時に、小中学生の頃、毎年嗅いでいたあの「葛たちの匂い」を覚えています。もうあの葛が生い茂っていた空き地は家が建ってなくなりました。あの匂いは二度と嗅ぐことができなくなったのです。
それでも私はあの匂いを忘れないし、葛の花の香りが鼻を掠める度に思い出すのでしょう。

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