結婚を機に関西に異動してきて、緊張の日々が続いている。部署が変わり、仕事が変わり、職場に慣れ親しんだ同僚もいない。
どんな場所であれ、初めから難なく仕事をこなす人もいるだろう。でも私は違う。根が小心者で不器用でポンコツなのだ。

失敗が武勇伝のように笑えた学生とは違い、細心の注意が必要な社会人

新卒入社者の交流会で、ぎゅうぎゅうに乗ったエレベーターの中で、8階のボタンと間違えて非常時の電話マークを押し、知らない警備のおじさんに繋がってしまったことは忘れもしない。
学生の時はよかった。上記のような話は武勇伝のように披露され、皆でお腹を抱えて笑ったものだ。しかし、社会人としては非常にまずい。私は自分の不器用さをしっかりと自覚しており、会社ではボロがでないよう、これまで細心の注意を払って生きてきた。
とはいえ、生まれながらの性格を抑え込むのは並大抵のことではない。
まず、聞き間違えが多い。人事の仕事をしている私は、「◯◯さんが来なくなりました」という休職の報告を、「お亡くなりになりました」と聞き間違えて、死ぬほどびっくりしたことがある。休憩時間に某ミネラルウォーターのペットボトルの蓋を開けようとしたら、本体を握りつぶしてしまったというジャンル不明のミスも経験した。

無論、社会人になった私は、聞き間違えたことをわざわざ報告することもしないし、こぼれた水も一人でさっと拭くくらいには心得ている。

ポンコツがばれないための作戦は、疲れるし不自然極まりない

そればかりか、私は普段から少し目を細めて冷静を装い、万が一のことがあってもつっこみづらい雰囲気を醸し出す。但し、ここぞという時の挨拶や笑顔は欠かさない。
与えられた業務には全力を尽くし、できる限りの成果を出す。これを根気よく続ければ、信頼を積み上げることができ、少しずつ自分をさらけ出せるようになるという訳だ。
ああ、なんと疲れる作戦なのだろう。不自然極まりないし、何だか真面目すぎるし、所々ポンコツがばれている気がする。

幸いにも、これまでの努力が功を奏したか、周りの人が温かかったか、今までなんとか社会人を頑張れている。
それでも、緊張状態が続く毎日に、どっと疲れが出る時がある。自分はもっともっと面白いんだぞと、皆に言ってやりたい時もある。不安な感情が少しずつ積もって、漠然と将来を憂えてしまう。
私は、やりきれない気持ちを抱えたまま、家に帰る。家では、私より少し帰りの早い夫が待っている。
夫は学生時代に出会い、ポンコツでおふざけで、面白いことが大好きだった私を、好きだと言ってくれた人だ。

会社で見せないおふざけは夫に。会社での私も、家での私も、私は私

会社で見せることのない私のおふざけは、夫の前で披露される。こんなことが面白かった、こんな時に焦った、あれが上手くできなかった、こんな人がいた、怒られた、疲れた、ちょっと嬉しかった、あらゆるエピソードを、色々な表情で、遠慮なく調子よく話していくと、夫が思いっきり笑ってくれる。
1日を終え、眠りに着くとき、私は夫の横にぴったりと寄り添い、しばらくとりとめのない話をする。夫の肩に、私の肩が触れた時、私が好きな私を、夫が好きでいてくれることに、胸がいっぱいになる。
今日心地よい眠りにつけたところで、私の性格は変わらないし、人生の課題が解決される訳でもない。それでも、1日の終わりのこの温かい気持ちは、明日の私の背中を確実に押してくれる。

翌日出社し、「おはようございます」と笑顔で挨拶をしたら、隣の人が笑顔で「おはよう」と言ってくれた。
それで十分なのだ。会社での私も、家での私も、私は私。小さな喜びに感謝し、それを繋げていく。するといつの日か、どんな自分も必要だったのだと納得できる時がくるはずだ。
家に帰ったら夫とまたとりとめのない話をしよう。その中に、ほんの一時でも一緒に笑える時間があったらいい。