「将来の夢」とは、誰しもが子供時代に思い描くもの、といっても過言ではない。初めて抱いた将来の夢、というのは、憧れによるものが強いと思う。移り気な柔軟性のある子供のこころで、まず最初に感化されるものというのは、一体何なのだろう。
女性である私が王子様に憧れたキッカケは、私を含め誰も知らない
私が生まれてから初めて抱いた将来の夢というのは、「王子様になること」であった。
私の性別はというと、いまも昔も女性である、と自認している。
だったら女性でありながらなぜ王子様になりたいのか?と、その夢を抱いていた幼い頃も、幼い頃の思い出話としてその話をした時も、よく問われる。
その質問には、答えられなかった。王子様に憧れたキッカケ、というものを、私自身もよく覚えていないからである。
母が言うには、「突然言い出したこと」らしい。例えば単純にアニメーションだとか映画に登場する王子様に憧れた、だなんてことではないのだ。だが、空想の王子様に憧れ、王子様になりたかった私がいたことだけは鮮明に覚えている。
自分の思い描く王子様としての行動をしていたから、忘れようもない。自分なりに王子様としての行動を実践するほどに熱烈な憧れを抱いていたのに、キッカケを誰も知らないなんて、今でも不思議に思う。
今思うと王子様になれば、世界も両親の不仲も救えると思ったのだろう
だから、大人になって、思考がある程度纏まるようになって、私は当時の朧気な記憶を思い出すことにした。明確な目標もなく、ただ漠然と王子様になりたかった理由とは一体何だったのだろうかと。
私が王子様になりたかったのは、単純に世界をよくしたかったからだろう。
幼い頃、私はテレビに映るニュース映像を見て、泣いていたという。悲惨な世界の現状や、残虐な事件の報道に、幼い心ながら何か感じることがあったのだろう。
また、当時は両親の仲が悪く、家庭環境も荒れていたように思う。喧嘩が耐えず、泣く母を何度も見た。
世界をよくしたかったなんて大それた目標もあったかもしれないが、それよりも、私が変えたかったのはもっと身近なものであった。離婚寸前の両親の仲を取り持ちたかったのだ。
今思えば、両親の不仲と王子様とはとても繋がりはしないが、幼い私は王子様になれば何もかもを救えると思ったのだろう。だから、私は空想の王子様に憧れ、王子様その物になりたかった。
幼少期に王子様に憧れ努力した結果は、私を構成する大事な一部分
結局、両親は離婚という道を選んだ。私が王子様であってもなくても、変わらない結論だろう。
そして、今も世界をよくすることはできていない。私個人に力というものはない。
今の私は平凡な会社員だ。無垢な幼い頃とは違って、世の中というものを知ってしまった。煌びやかな王子様とは全てが程遠い。私は王子様にはなれなかった。というよりは、なれないということは、夢を抱いたその時から変わらない結論だろう。しかし、今でも幼い日に王子様を志したときの気持ちというのは、確かに私の中に残っている。
王子様の存在は、今の私を構成する大事な一部分だ。私が憧れた王子様は人に優しく、正義感が強くて、力を誇示せずに慕われる人間である。
子供の頃も今も、捻じ曲がったことは嫌いで、正義感だけは人一倍強かった。世界が全て変わらなくても、私の周りの人達が笑顔になるような環境を作っていきたい。些細なことだが、そんな些細な思いがあるだけで何もかもが違ってくる。これらは全て、王子様がつくった私だ。
無垢な心で王子様になりたかった私はもういないが、王子様に憧れて、王子様を目指して幼いながらも努力した結果というのは、今の私に引き継がれている。
だから、ありがとう、王子様。