「真夜中の薔薇」。それは私が人生で初めて買った香水の名で、私はこの香水の全てが大好きだった。
紫色のスリムな瓶に、リボンでできた小さな薔薇がそっとつけられている。香りは甘くて、思わず肺の奥まで嗅ぎ続けていたいほどだった。

運命の出会いをした香水は、買い直すことなく少しずつ大切に楽しんだ

その香水に出会ったのは、香水が欲しいと思っていた24歳の頃。それは偶然入ったドイツのドラッグストアで、イースターセールで安くなっていた。この香りを嗅いだ途端、運命の出会いだと思った。
そのままレジに向かおうと財布を覗くと、現金が入っておらず、後日買いに来ようかと悩んだけれど、もし二度と会えなかったらと思うと悲しくなって、生まれて初めてクレジットカードで購入してしまった。

家に帰って寝室のブランケットに一回香水を振る。そのままそれに顔を埋めると、私はずっと幸せな気持ちになった。

その時買った35mlの瓶は、それから少しずつ大切に身につけていたから、3年ほど私の手元にいた。限定商品でもなかったからたくさん使って新しく買い直せばよかったのに、何故かそれに固執していた。それくらい私にとって特別な香水だった。
ココ・シャネルの「香水はあなたがキスして欲しいところにつけなさい」という言葉の通りに、出かける日は胸元と首筋につけた。

一生つけたいと思っていたのに、彼の言葉を思い出し不愉快な気持ちに

ある時、ある男性が私の香りを褒めたことがあった。
「君のいたところには、君の香りが微かに残っていて、僕は少しドキドキしてしまうんだ」
その時、私は彼と仲が良くて、そう言われて悪い気はしなかったし、その言葉のおかげで香水がもっと好きになった。私は一生この香水をつけて生きていこうとさえ思った。
しかしその後、彼とはトラブルがあって口も聞かないようになってしまった。そしてその瞬間から、香水の瓶を見るたび私は彼のその言葉を思い出して、不愉快な気持ちになるようになってしまった。

香水の期限は大体1年と言われている。大切に使っていた私の香水は、3年経ってもまだ私の手元にあったけれど、明らかに香りの持ちが悪くなってしまっていたが、だからと言って捨てることもできずにいた。その矢先、1ヶ月ほど旅にでる用事があり、その香水を使い切ってしまおうと思い立った。
1ヶ月間、その香水を毎日、体に振りかけた。香りの強さも持ちも、ずいぶん弱くなってしまったけれど、付けたての香りはやっぱり好きで、けれどその度に彼のことを思い出してしまう。

旅の終わりに、香水を箱ごとホテルのゴミ箱に捨てた。悔いはない

旅の序盤はそんなメランコリーな感情もあったけれど、そんなものも少しずつ薄れていった。というのも、夏場に放浪の旅をしていると、毎日履いている唯一のジーパンが、恐ろしいほど汗臭くなってきたのだ。自分からこんな匂いが発せられることがあるのかと衝撃だった。
例えるなら、真夏の電車で汗だくのおじさんの隣に座ってしまった時のような……。毎日履く上に、替えもないので洗濯もできない。仕方がないので香水をふんだんに振りかける。
しかしそんなものでは太刀打ちできないレベルの悪臭だった。おかげで私は、香水を見ても彼のことを思い出さなくなっていった。

旅の終わりの頃には、ほとんど使い切っていた。まだ少しだけ残っていたから、最後に3回体に振りかけると、大事にとっていた箱ごとホテルのゴミ箱に捨ててしまった。悔いは感じられず、せいせいしたような気持ちだった。
香水を買った時の、あの頃の私はもういない。お気に入りの香水を捨てた時、私は一つ大人の女に近づいたような気がした。

今はまだ、次に私を夢中にさせてくれる香水を見つけられていない。お気に入りの香水を探すことは、まるで果てのない旅をしているようなものだ。
今度出会う香水は、一体どんな香りなんだろう。新しいお気に入りの香水に出会ったとき、私はきっとまた新しい自分に出会えるはず。