鉛筆の匂いが好きだ。
カッターで削る、シュルシュルというあの感覚も、好きな気持ちを助長しているかもしれない。
黒鉛が粉になってしとしと落ちる。削り節となった木のかけらは、不恰好でゴツゴツと可愛げがないが、削られて出た黒い粉は良い。柔らかくて、しっとりしている。色はまっくろ。
高校一年、美術予備校に通った。私のような人間が行く所ではなかった
高校一年の時、美術の予備校に通った。週に一回、毎週日曜日の朝九時から夕方の五時半までの八時間。地獄の、八時間。結局親に平謝りして、三ヶ月ほどで辞めてしまった。
何を間違ったか、鉛筆も削った事がないのに特進クラスに入れられた。勉強ができない私にとって「特進」は未知の単語であり、とてつもなく甘美な言葉だった。
目前に広がる未知の可能性が、自分にはあると、努力はきっと実を結ぶ。「今」がその時ではなくとも、負けずに闘おうと自分に誓った。無力でも、信じて頑張れる自分が好きだった。
結論から言うと、「特進クラス」は私のような趣味で絵を描くレベルの人間が行く所ではなかった。多○美、武○美を蹴って五浪とか六浪とかしている人たちが、某国立大一本でガリガリ描く所だったのだ。そりゃ無理だ。
「光源どこ?上手くなるまでは構図で魅せなきゃ駄目だよ。オーバーワークだから人より時間がかかるんだよ。描き込むのが好きなのはわかるけどそれは早く、且つ正確に描けるようになってからでさ……なに?全然難しくないよ。見たまま描けばいいだけだよ」
デザイナーだった父は、励ましのつもりで数々のアドバイスをくれた。
「何見て描いてる?みんなと同じモチーフ描いてる?」
そう言った予備校の先生の顔は、記憶にない。
鉛筆で、黒く塗り潰されている。
予備校を辞め、絵を全く描かなくなった。私は生きながらに死んでいた
黒鉛が粉になってしとしと落ちる。削り節となった木のかけらは、不恰好でゴツゴツと可愛げがないが、削られて出た黒い粉は良い。柔らかくて、しっとりしている。
夢を見ていたんだ。高校生の頃は。
好きなことではとても食べていけないと思った。悔しさと自分を裏切ってしまった情けなさでいつまでも泣いていた。涙はいくらでも流れ出て、底を尽きることはないのだと思った。
両親に平謝りをして、予備校を辞めたのは冬のことだった。
ふわふわな大粒の雪が、黒鉛で汚れた手のひらに落ちて濁るのを、呆然と眺めていた。
歩道のすぐ横を除雪車が唸りをあげて通る。無機質な機械音。車輪に押し潰された雪は、手の平にある雪と同じくらい汚れていた。
全く描かなくなった二年、私は実質生きながらに死んでいたと思う。
学校にはほとんど通えなくなって、大好きだった美術の授業もほとんど休んでいた。卒業条件の出席日数ぴったりでなんとか高校を卒業した。削って尖らせていた「芯」は私の核心でもあったんだ。
未だに上手くない。誰になんと言われようと、絵を描く事が好きなのだ
未だに上手くない。父には先日、「やっぱり向いてないよ。進路変えて良かったね」と言われた。
でも、そうじゃない。そうじゃないのだ。誰になんと言われようと、描きたいことの三分の一も表現できなくても、絵を描く事が好きなのだ。
その気持ちの象徴が「鉛筆の匂い」。濁った雪は苦渋の色。大嫌いで大好きな、心が燃える匂い。
忘れないために、筆箱には必ず一本入れている。