嗅覚で癒しを感じることが多い。
こっそり外気を吸い込んだり、お店に香水やルームフレグランスを嗅ぎに行ったり、洗濯物をあえて部屋干しして柔軟剤を嗅いだりと、ちょっと人には言いにくいフェティッシュな余暇を過ごしている。
使い続けておよそ3年の柔軟剤は、恋人の真似をしたもの
ある帰り道、柔軟剤を切らしていることを思い出してドラッグストアに寄った。目当ての柔軟剤は、コーナーにひっそり鎮座している。近所ではどの店も大容量しか売ってないから、えらく値がはる。
「あれ……こんなに高かったっけ」。たまたま買い物をしてきた帰りで手持ちがなく、お金をおろしに行くのもちょっとめんどくさい。この機会にほかの安い柔軟剤に乗り換えてしまおうかと、コーナーの前でスンスン鼻を動かす。
お花の香り、石鹸の香り、あれもこれも嗅いでみるが、どうにもダメ。くさい。コレで洗濯をすることを思うと我慢ならない。
「やめよう」。私は大人しく家に帰った。
それほどまでに愛用するこの柔軟剤は、使い続けておよそ3年になる。きっかけを聞けば、なんとも言い難い感想を、皆きっと心に浮かべると思う。恋人の柔軟剤を真似したのだ。
「柔軟剤何使ってるの?」好きな人からいい匂いがするから聞いた
言い訳を聞いて欲しい。
恋人とは3年前まで、友達だった。私は出会ってからずっと、彼に好意を持っていた。でもこの気持ちに出口を探す勇気がなく、恋人という手段に訴えることもできずにいた。
4年余りくすぶり、やっと念願叶って好き合う関係になった。
友達でいるうちは隣にいても見えない壁があって、容易に体に触れることはできなかった。呼び止めるために肩を叩くのでさえ緊張した。
彼と付き合うまで、別の人と付き合ったこともあった。
私は正直、惚れっぽい。簡単に付き合って、簡単に触れる相手もいる。なのに、彼にはそれができなかった。
初めてハグした時、雷が落ちたような幸福に包まれた。と同時に、「好きな人からかなりいい匂いがする」ことにすごくビックリした。感動した。たまらなくなって思わず、好きでも愛してるでもなく、「柔軟剤何使ってるの?」と聞いた。
こんないい匂いがするって、なんで知らなかったんだ。映画館や、喫茶店で、隣に座ったことは何度もあるのに。
「あぁそうか、こんな近くで嗅いだことがなかったんだ」。改めて、距離に衝撃を受けた。
幸せの記憶を再現したいから、彼と同じ柔軟剤を使う
私はすぐその柔軟剤を買った。背徳感はあったが、迷いはなかった。「おそろいにしたかった」わけではなく、「彼と近くにいる気分を味わいたかった」も違う。
「幸せの記憶を再現したかった」が一番しっくりくる。
節操ない言い方になるが、ただただ猛烈ないい匂いを、嗅ぎたかった。あの舞い上がるような気持ちを、いつまでも覚えていたかった。
恋人に「私も買っちゃった」と言うと、「ええ……」と言いつつ、笑ってくれた。そんな恋人も今では、私の"匂いフェチ"を受け入れてくれるどころか協力してくれるようになった。
私の家に来るたび、帰り際部屋に香水をひと吹きしていく。あんな苦笑いしてたのに……。
重ねてきた時間の長さを感じた。そんなわけで、もう3年愛用している。初めは真似っこだったけど、今は自分の匂いになってしまった。
たまに思う。いつか一緒に洗濯をする日がくるのかな。
同じ洗濯機で、同じ洗剤で、同じ場所に干して。そしたら、ほんとうに同じ匂いになる。むずがゆい気持ち。
私はこれからも、柔軟剤を変えることはできないだろう。他の4倍くらい高いこの柔軟剤を、黙って買い続ける。心地いい匂いに包まれて、愛しい人と日々をたくましく生きることにする。