私は、潮の匂いが嫌いだった。駅のホームに降り立つたび、サーファーとすれ違うたび、台風一過で外に出るたび、鼻腔をちくちくとついてくる。
しつこいくらいにあの街のアイデンティティを押し付けてくるみたいで、私は馴染めなかった。
おしゃれ、サザン、開放的、それから海。湘南・茅ヶ崎とGoogle先生に尋ねるとこんなキーワードが出るわ出るわ。
たしかに、おしゃれな人は多かった。海のことはみんな大好き。ご近所さんの3人に1人はサーファーだったし。同じ小学校に通っていた友達は、みんな夏になると小麦色のおへそと足を出して開放的に歩いていた。
でも、私は日焼け止めを塗りたくって、髪の毛は黒髪。好きな服のブランドはAnkRouge。なんだか馴染んでない。私は、早く東京に行きたかった。
潮の匂いは「茅ヶ崎最高」という言葉にのせてモヤモヤと嫌悪感を運ぶ
茅ヶ崎最高。
この言葉をコンビニにたむろしてる中学生、134号線を走る若者たち、イケメンを連れてる小麦色のJKが口を揃えて言う。インスタのハッシュタグにする。中学から茅ヶ崎の外に通っていた私は、この人たちの言うことが本当に理解できなくて、「茅ヶ崎最高」こんな言葉に嫌悪感すら抱いていた。
プロフィールに神奈川→大阪じゃなくてわざわざ茅ヶ崎→大阪って書く人だっていたけど、まじで意味わかんない。茅ヶ崎なんてそんな知名度ないじゃん。
茅ヶ崎の何がいいの?東京までは1時間かかるし、バスだって1時間に3、4本しかないし、海しかないじゃん。その海だって華やかさに欠けてるし。
潮の匂いは、「茅ヶ崎最高」という言葉とともに、ひどいモヤモヤ感それから嫌悪感を私に押し付けてきたのだ。
そして、今。私は念願叶い、大学進学で茅ヶ崎の外にいる。憧れの東京ではなくて、周りには山、山、山……。もちろん潮の香りなんて全くしない。台風が過ぎてから思いっきり吸い込んだ空気は、土と木の匂いがする。電車の車窓から見えるのは田んぼと畑ばかり。
こんな景色に、東京出身の同級生が口を揃えて、なんか懐かしい感じだよね、と言った。でも、私には全然懐かしくない。
どうして?日本人はみんな田園風景に懐かしさを憶えるんじゃないの?
ふと香った草の香りに泣きそうになる。私の育った町と全く違う
そして私は気づいてしまった。海がないのだ。今住んでいるこの街には海がない。
高いところに登ったって、見えるのは限りのある住宅街と山々ばかり。限りない水平線はどこにも見えない。
ふと香った草の香りに私は、なんだか泣きそうになった。この街は、私の育ったあの街と全く違う。
本当ならこんな初夏のよく晴れた日には沢山のサーファーとすれ違って、潮の香りがする。駅前には多くの人だかり。海がない、潮の香りがしないこの街は私にはとてもとても寂しい。
潮の香りが私にもたらしたモヤモヤ感と嫌悪感の矛先は、茅ヶ崎最高という言葉とか、はたまた街の人たちではなくて、本当は茅ヶ崎が大好きだったのに、思春期を拗らせて素直になれなかった自分だったのだ。本当は私だってあのJKみたいに#茅ヶ崎最高って言ってみたかった。
次帰省したときには。茅ヶ崎駅のホームでまず、深い深呼吸をしよう。
素直になれなかった18年間の埋め合わせができるように、大好きな地元を少しずつ知ることから始めていこう。
私にとって、潮の香りは、大っ嫌いで、でも本当は大好きだった地元・茅ヶ崎を思い出させてくれる、そんな香りです。