蝉が激しく鳴く夜の公園、私は人生で初めての告白をした。
彼は言った、「懐かしい匂いがする」と。

何度もした予行練習。絶対にうまくいく。そんな自信が確かにあった

その日の仕事はほとんど手につかなかった。
彼に何と伝えれば良いか、何度も何度も予行練習をした。1人、頭の中で。
告白ってこんなにも勇気がいるのかと、20歳をすぎた大人ながらに思う。
もちろん、勝算がなかったわけではないのだ。
絶対に上手くいく。根拠のない自信が、私には確かにあった。

定時後、まだ仕事をしている同僚を横目に、足早に会社を出る。ぴしゃりと向けられた視線には気が付かないふりをした。
会社を出た私は、さらに自信を付けるために最寄り駅の化粧室に籠った。鏡に向かっている他の女性たちも、きっとこの後大切な誰かに会いに行くのだろう。おしゃれなワンピースや綺麗なブラウスを身に纏った女性たちがとても眩しい。名前も知らないその人たちに、そっとエールを送る。

彼とは2ヶ月ほど前、大学の友達の紹介で出会った。「社会人なんだから彼氏くらい作らないとね」とありがた迷惑な、いや、粋な計らいをしてくれたのだ。
最初は良い男友達ができた、くらいにしか思っていなかった。ところが電話とデートを重ねるにつれて、だんだんと異性として意識するようになった。
彼のことがもっと知りたい。
彼に私のことをもっと知ってもらいたい。

二人の未来を想像させる質問まで聞かれ、彼のことで頭がいっぱいに

2週間に1度だったデートが毎週末になり、1週間に1度だった電話が毎晩になった。
気がつけば彼の声なしには眠ることもできくなっていた。
きっと、お互いがお互いに依存していたのだと思う。
彼の過去、今、未来。私の過去、今、未来。
色んな話をした。

出会ってたったの数ヶ月だけど、もう随分と前から一緒にいたような気がする。
「結婚したら家庭に入りたい?それとも仕事をしたい?」
そんなことまで聞かれたら2人の未来を想像せずにはいられなかった。

水族館に遊園地、ショッピングモールと私たちは定番のデートスポットを制覇した。
初めて手を繋いだのはお台場の帰り道。その日はひどく雨の降っていた夜だった。ひとつの傘の中で、ぎこちなく繋いだ手の感触はとても暖かかった。男の人と手を繋いだのはこれが初めてではないけれど、こんなにも幸せを感じたのは初めてだった。
翌日2人して風邪をひいたが、そんなことまで大切な思い出になってしまった。

彼の価値観が私と似ていて、それでもやっぱり少し違うところが好きだ。どんな話をしても楽しかったし、話題が尽きることはなかった。くだらない話をしては笑ったり、時には一緒になって怒ったり、悲しんだりした。
「なんとなく気になる」からはっきり好きだと自覚した。彼も同じ気持ちなら良いのに、そう願わない日はなかった。寝ても覚めても彼のことで頭がいっぱいになった。

気づいたときにはもう遅い。彼にとって私がどういう存在か分かった日

3度目のデートで、彼が私の髪の毛の匂いを嗅いでいるのに気がついた。
「俺と同じ匂いがする」
私の使っているシャンプーは少し背伸びして買った、所謂「大人の女性」用のものだ。そして私は彼の愛用しているワックスは使っていない。
「気のせいじゃない?」
当時、その匂いの正体に私は気が付かなかった。

だけど、今ならわかる。きっと私じゃだめだったんだ。彼には忘れられない女の子がいて、その子と私とを匂いで重ね合わせていただけなんだ。
気づいた時にはもう遅い。
私はこんなにも彼のことを好きになってしまっていたのに。
「勘違いさせていたならごめん。友達として仲良くしよう」
私は彼の彼女にはなれない。
彼にとって私は、ただの忘れられない匂いのする女の子なんだ。