あの夜があったから、私は恋人でも友達でもセフレでもない、彼の特別になった。大学四年生の夏、大好きだったバイト先は、私が就活に明け暮れてる中、ひっそりとなくなっていた。
当時私は、そのバイトを始めたのとほぼ同時くらいに付き合った彼氏にも振られ、一気に大切なものを失って心を病んでしまっていた。電車に揺られていると、その振動で涙がこぼれてしまうくらいには限界だった。

パチンコ屋のアルバイト。想像を超える重労働の中で見つけた新しい出会い

前の店が倒産してすぐに、私は次のバイトを探し始めた。周りには辛い状況なのにがんばっててえらいねと褒められたが、本当は就活が嫌になったから、バイトを言い訳にして後回しにしていただけだった。
いくらバイトとはいえ、あともう半年も働けない就活中の大学四年生を採用してくれる企業は中々見つからなかった。そんな中で私を雇ってくれたのは、秋葉原の有名なパチンコ店だった。
面接で「良い子だね。就活してるんだ、うちに新入社員として入ってもらいたいくらいだよ」と言われた時、初めて認められた気がして涙が出そうになったのを今でも覚えている。
パチンコなんてやったこともなかったけど、私はその店に身を捧げて全力で働こうと決心した。
だがその決心は、勤務初日で折られることになる。パチンコ屋の仕事が、想像を遥かに上回るほどに重労働だったのだ。重いメダルを持ってホールを駆け回ったり、その中でも繊細な気遣いをし続けたりする作業に慣れず、締め作業で台の清掃を淡々と行っていた時の私の顔は相当げっそりしていたと思う。
そんな顔を見て、ヘラヘラ笑いながら近づいて来た男がいた。「そんなん適当にやればええんやで」と関西弁で喋るその人は、他のスタッフとは何か違う、まったりとした雰囲気を漂わせていた。

「2軒目はサシで」。彼の優しい関西弁。腹を割って話せる気がした

その日彼は、新人歓迎会と称して飲み会を開催してくれた。そこで私が、倒産した前のバイト先の話や大好きだった元カレの話をすると、全員が私のことを肯定しながら話を聞いてくれた。
諦めかけていたが、やっぱりこの職場でがんばって働こうと、そう思えた夜だった。飲み会は朝4時に終わり、各々が帰路についた後、私は関西弁の男と二人きりで駅前に取り残された。
すると彼は遠慮がちに、「2軒目はサシでどう?」と誘ってきた。始発まであと30分くらいあったので丁度いい時間つぶしだと思い、私は彼の誘いに乗った。
2軒目では「〇〇さんって実は浮いてるんですか?」とか、「△△さんって正直すごいモテますよね」など、さっきは気を使って聞けなかったゲスい質問を次から次へと彼に投げかけた。彼の優しい関西弁に促されると、初対面とは思えないくらい腹を割って話せる気がした。
歳が近かったからだろうか。彼はそこそこ長くそのパチンコ店に勤めていたらしく、ほとんどのスタッフから敬語で話しかけられていたが、一番下端だった私だけが、気づいたらなぜか彼にタメ口で話すようになっていた。
後日私は別の社員さんに猛アプローチを受け、付き合うことになった。社内恋愛は禁止だったが、私は関西弁の男にだけこっそり付き合ったことを報告した。彼は私たちの交際を祝ってくれた。
それから私は、付き合っていた社員さんと上手くいかないことがあると彼に相談したり、逆に嬉しいことがあると仕事終わりに彼をサシ飲みに誘って、夜通しで惚気話をしたりした。
私たちはとても仲の良い友達だった。

華金の終電30分前、私は彼との関係を変える覚悟をした

その関係が変わったのは、私たちがパチンコ店のバイトを辞めた後、お互い正社員として別の仕事を始めてからのことだった。ある日彼が、「華金やし、飲みに行こうや」となんの前触れもなく誘ってきた。久々のサシ飲みが嬉しくて、本当は次の日も仕事があったが、調子に乗ってかなりのハイペースで酒を飲んだ。
店を追い出されたのは終電30分前。2軒目に行ったら確実に終電を逃す。かといってまだ帰りたくない。そんな現実と欲望の狭間で、私は彼に、近くの公園で少しだけ飲み直そう、と提案した。もちろん断られるわけもなく、コンビニでお酒を買って二人で公園に向かった。
公園では酔っ払いが大騒ぎしていた。彼は、「もっと奥の方行こう」と言ってきた。
これ以上駅から離れたら確実に終電を逃してしまう。でも彼はそれを分かった上で私を誘ってきたのだ。

本当は、彼の特別になりたかった。お互い手は出さない暗黙のルール

私は彼に期待をしてしまっていた。本当はずっと、私は彼を特別視していた。辛い時いつも助けてくれる、友達のように本音で話せる先輩だった彼を。でも彼はずっと私をただのバイト仲間としか見ていなかった。私も彼の特別になりたかった。
私は彼の後について公園の奥へと歩いて行った。奥の方は全く人がおらず、2人でブランコに乗ったり、近況話をしたりしていた。公衆トイレから戻って来たとき、私は酔ったフリをして、彼に後ろから抱きついてみた。
彼は、どうしたんと軽く笑い、うち来る?と聞いてきた。私は小さく頷いた。彼の家へ向かうタクシーの中で何を話したかは覚えていない。彼には彼女がいると聞いていたが、彼の家には女っ気が一切なかった。
シャワーを借りた後、彼は、自分のTシャツを一枚だけ羽織った私の姿をじっくり見て、えっろと言った。今、私は彼に女として見られている。初めての感覚に言葉だけで濡れてくるのが分かった。
それから一緒のベッドに入り、私たちは抱き合った。セックスも、キスも、しなかった。何かしてしまったら、特別な関係を通り越して価値のない存在になってしまうような気がしたから。
今でも彼とはたまに飲んで、家に泊まることも度々ある。お互い手は出さない、これが特別な関係を続ける暗黙のルールだからだ。きっとどちらかが飽きたらいつかこの関係も終わるのだろう。それでも、今の私が今の彼にとって唯一無二の存在になっていることに、私は満足しているのだ。