大学2年生の11月から数ヶ月の間、わたしは飲み屋の女の子として働いていた。わたしの性格は暗いし、話し上手でも聞き上手でもないから、男性客はつまらなそうな顔をしていた。いつ思い出しても、あの数ヶ月はいい思い出ではない。
でも、ドラックストアで売られているあの香水の匂いを嗅ぐたびに、一緒に働いていたあの女の子を思い出さずにはいられない。
飲み屋のバイト、わたしは2ヶ月くらい経っても慣れなかった
22時まではファミレスで汗だくになってバイトをして、1度家に帰ってシャワーを浴びる。きれいに洗われた顔に、朝よりも濃いメイクをして足早にお店へ向かう。疲れた顔でお店の奥の控え室に向かうと、4畳くらいのその部屋はいつでもタバコの煙でいっぱいで、白くぼんやりしていた。
わたしのいつもの立ち位置は、ドアの一番近くの窓際。理由は、咳き込むほどの煙から逃れて外の空気を吸えるからだ。控え室ではほとんど会話がない。笑い声が溢れる表の席に呼ばれるその時を、ただ待つだけの部屋。
「寒いんだけど」と不意に後ろから言われたときには静かに窓を閉めて、その場にしゃがみこんでじっとした。笑顔を作れないわたしに、店長は「慣れれば楽しくて自然と笑顔になるよ」と言ったけど、2ヶ月くらい経っても、慣れて自然と笑っちゃうような時は訪れなかった。
「香水、何使ってるの?」と声をかけてきた1つ年上の女の子
ある時、控え室にはわたしと、わたしの1つ上の女の子だけになった。それでも相変わらず、わたしは窓の外の暗闇を見つめて、彼女はタバコに火をつけた。わたしは唇が乾いてることに気がついて、リップを塗った、そしてついでに手首の内側に香水を吹きかけた。香水をポーチにしまうと後ろから声がした。「香水、何使ってるの?」。
わたしは慌てて振り向いて、「えっと、安いやつです、ドラックストアに売ってるような」と小さく呟いた。恥ずかしくて、どうしていいかわからなくて、ちょっと笑って俯いた。「あっそ」と言って彼女は煙を吐き出した。泣きたいような気持ちのわたしに向かって、彼女は言葉を続けた。
「いいじゃん安くて。あんたがつけてれば、安いなんて思わないから」
酔っているのか少し赤らんだ顔で、まっすぐにわたしを見て微笑んでいる彼女の顔を見ていて、自分の顔が熱くなっているのを感じた。心臓を押さえつけられたような、でも体は浮かび上がるような変な気分だった。
わたしと共通点はないけど、飲み屋で知り合った素敵な彼女に憧れた
わたしは、何も言えずに一度窓の外の空気を吸って、深呼吸した。午前2時の冷たい空気が痛くて、わたしは勢いよく窓を閉めた。「タバコ吸ってみようかな」とわたしが呟いたら、彼女は「絶対やめな」と言いながらタバコに火をつけた。
わたしは、彼女のように髪の毛を金髪にしないし、きつく巻いたりもしない。高いヒールも履かないし、ミニスカートも穿かない。お酒も浴びるように飲むことはないし、タバコも吸わない。
でも、わたしが出会った素敵な彼女はそんな人だったから、憧れてしまう。タバコの代わりに、彼女との数分の思い出を作り出した安い香水の匂いを吸い込んで、わたしは今日も前を向いて歩く。