三軒茶屋と池尻大橋間の歩道橋を歩く夜、黒のSUVを見かけては、必ずナンバープレートをチェックしてしまう。
「神戸50X み 26-XXXX」
私が歩いているときに、偶然にも彼の車が通り過ぎて、私に気づいてくれないだろうか…そんなことを思いながら、今日も渋谷に続く首都高速3号線の真下の歩道橋を歩いている。
2019年の7月。あるマッチングアプリを通じて私たちは出会った
7月6日から10月6日までの出来事。
2019年の7月。あるマッチングアプリを通じて私たちは、LINEでのやりとりが1週間続いた。お互い目黒区に住んでいる。住んでいるエリアを聞いてみると、距離は4kmくらい。
カンカン照りの土曜の少し気温が落ち着いた夕方、駒沢公園で私たちは会うことになった。
173cm、痩せ型、シュッとした顔付き。おっとりした話し方に時々混じる関西弁。
子供や家族連れで賑わっている公園のど真ん中、ベンチに腰を下ろし、2時間ほどおしゃべりを続けた。日が暮れて今日は解散しようとしたところ「せっかくだから」とのことで夜ご飯を一緒にすることになった。ぼちぼち駅に歩き始めタイ料理屋に入った。
パッタイ、トムヤムクン、チャーハンと適当に頼んで駅で解散した。
翌日、彼から連絡があり「来週金曜の夜ドライブしない?」の提案でドライブデートをすることになった。
私はすごく身構えた。金曜の夜、二人きりの空間、出会ってまだ2回目。絶対ホテル行きだ。そうなったらそうなったで割り切ろう、と考えていた。
夜のドライブ。時が止まってしまえと心の中で唱えた日々が懐かしい
その金曜の夜19時15分、近所のファミマで待ち合わせをした。
SUBARUの黒いSUVの車。うっすら残るタバコの香り。
目的地を聞くと「みなとみらいへ行く」とのことだった。
赤レンガ前の駐車場に車を停めて、新港エリアを散策する。
横浜港の海夜景の潮の香りは学生時代の青春を思い出す。
青色に染まるベイブリッジとライトアップした観覧車が私たちを照らし出す。
30分ほど歩いていると、不意に大粒の雨が降り始める。
雨の中駆け抜けることなく、私たちは変わらずのんびりと歩き続ける。
私はパーカーの帽子をかぶり、彼は右ポケットからハンカチを取り出し頭にのっける。
「雨って気持ちいいね」ぼそっと彼は呟く。
車に戻り、私たちは来た道を戻り三軒茶屋のラーメン屋に入った。深夜のラーメンを食べて、何もなく家まで送ってもらった。
19時半から20時に家の前で拾ってもらって、夜の街を徘徊する。
あてもない夜のドライブデートが、そこから3週間ほど連続でドライブデートをしていたのに、9月に入ると連絡が来なくなった。
左肘をかけてタバコを吸う横顔。家に着くまでの到着時刻のカウントダウン。
遠回りして1分でも長く居たい。時が止まってしまえと心の中で唱えていたドライブ時間を懐かしく思ってしまった。
彼が部屋に忘れていったポーチを返せる日は来るのだろうか
少し涼しくなった9月末の休日の午後。彼からLINEがきた。
「君のご飯が食べたい」
この日、自分の気持ちを伝えよう。
彼を家にあげて、仕事が終わった平日の夜、グリーンカレーと春巻きを振るまった。
食べ終わったあと、彼はベランダにタバコを吸いに行った。戻って来たとき、私は聞いた。
「私は君が好きだ。君の彼女にはなれないのだろうか」
シーンとした時間が10秒流れた。
「……んん、彼女…今はいらないかなぁ……。」
「そっか」
あぁ、私はいま彼女という存在にはなれないのだ。
時計は0時を過ぎていた。
「明日も早い」と言って、一緒に玄関を出てタクシーを拾うところまで見送った。
ぽっかり穴があく辛い感じはなく、この180日間はなんだったんだろうと考えた。
私がもっと攻めればよかったのか。
会話が消えた部屋。微かに残る煙の匂い。テーブルに置かれた食器。
ベランダに出ると、椅子の上に置き忘れたポーチ。
中身はタバコとライター。LINEがなる。
「タバコとライター忘れた。今度取り行くわ」
今度はあるのだろうか。一本だけ吸ってみる。
チャットモンチーの「恋の煙」が私の頭の中で流れていた。
数週間後に、忘れ物を返すためにご飯の予定を立てたが、急遽彼の仕事が入りキャンセルに。2ヶ月がたったが彼からの連絡はない。忘れ物を返せる日は来るのか。
首都高速3号線沿いを歩く今宵。
黒のSUVを見かけては必ずナンバープレートをチェックするのだ。