ついに私も社会人になって4年目を過ぎ、少しずついろんなことをひとりで任されるようになってきた。
中小企業に勤めているが、いつも人材不足。入ってすぐに即戦力にならざるを得なかった。
1年目から結構重めで大変な仕事も任され、もちろん先輩のサポート付きではあったが、ヒィヒィ言いながらなんとか仕事を回し、その中で勉強し、成長していったのが懐かしく感じるくらい、いまは大抵の事はひとりでできるようになった。
就活していた時は、もう少し余裕を持って育てて貰えると思っていたけれど、まあ想定内の範囲内で働いている。
私の勤める会社は、新卒採用は2年に1度のイベントだ。
だから2年目も半分新人(とは言ってもかなり大きな戦力にされる)のようなもので、雑務や、手間になるが金にならない、というような細かな仕事が割り振られることも多い。
思ったより残業が多くなってしまうような仕事の波もあり、この会社に入ってよかったのかな……と迷うような日も時々ある。
今年は新卒採用が行われることもあり、それが自分の就活を思い返すきっかけになった。

あまり真面目に就活をせず、仕事にもこだわりのない就活をしていた

私は、いま言うと会社に怒られるかもしれないが、あまり真面目に就活をしない、あまり仕事にもこだわりのない就活をしていた。
ざっくりと「この業界で働きたい」とか、「こんなこと出来たらいいな」というのだけがあり、「こんな仕事がしたい」とか「この人みたいになりたい」と思って就活をしなかった。
正直、社会にも出ていない20歳そこそこの小娘に、いったい何がわかるんだ、と思いながら、すこし企業研究や業界研究をして、就活に飽きてしまったのだ。
きっと自分には営業が向いているということは分かっていたから、とりあえず営業職として仕事を探した。
そうしてなんとなく就活をしていた当時の私は、ある企業の企業説明会に電車の乗り継ぎミスなんていう上京5年目(浪人した時に上京したため、大学生活が、東京での生活歴より1年長い)にして上京したてみたいなミスをして遅刻していき、そこで「私、ここで働く気がする」と思った会社にめでたく入社し、いまもまだ働いている。
正直、やりたいと思っていた仕事とも、業界とも少し違う。
なぜ「ここで働く気がする」と思ったのかも分からないし、なぜ企業研究も業界研究も甘い私が入社できたのかも分からない。
ただ、生きていくためには、働かなければならない。
その思いで就職した。

社会人の皮を被り、「いつもの私」ではなく「営業さん」を演じる

正直、働き始めて、もっとちゃんと社会について勉強していたら変わったんじゃないか、企業研究してなかったから、業界研究してなかったから、と思うことはほとんどない。
小中の社会や公民で習ったことが分かれば大体のことは対処できるし、分からないことはなんでもインターネットの検索窓に単語を叩き込めば教えてくれる。
営業でしなければならないことは、打ち合わせで決まった忘れてはいけないことと、自分が理解できないのに知ったかぶりをして曖昧に流したアルファベット3文字の略称や長ったらしいカタカナのマーケティング用語を間違いなく正確にメモしておくことだけだ。
分からないことは帰りの電車ですぐ検索すればいい。
ggrks、なんてネットスラングを自分自身に向かってつぶやきながら実践できる私は社会人としての皮を被れているし、「いつもの私」じゃなくて「あそこの営業さん」としてそこそこやれていると思う。
人はみんななにかの役割を演じているんだ、なんて誰かが言っていたけれど、素の私以外の誰かを演じるのにも慣れてきた。

仕事が出来なくたって悲観する必要はない。演技が合わなかっただけ

就活は演技だ。
「あそこの営業さん」としての「私」を演じられるか、それが問われているんだ、と最近になって気づいた。
イイモノを売ってます、という演技が出来そうな会社に入社すればいいし、そういう演技が出来なくなってきたら転職すればいい。
素の自分は求められていないことに気付くのが早ければ、私の就活ももう少し飽きずに頑張れたかもしれない、なんて思う。
今の時代、ひとつの会社にずっといることにこだわる必要もないし、就活に失敗して思っていた仕事が出来なくたって悲観する必要はない。
演技が合わなかっただけだから。
そう思いながら、そろそろ私も違う演技をする準備をしたいなと重い腰を上げようとしている。