夏頃になるとテレビやYouTubeで見かける制汗剤のCM。
昔、学生向けの制汗剤のCMで、「部活動に精を出す女子生徒の元に好きな男子がやってきて、その女の子が汗の匂いを気にしていい香りのする制汗剤をひと塗り……」というようなのがあった気がする。
最近は少し違うのかもしれないが、そういった「太陽×汗×恋=青春」というような映像を見るたびに、いつからか羨ましいような、懐かしいような気持ちを抱くようになった。
「そんなこともあったかな~」と自分がバスケ部だった中学生の時のことを思い返してみると、いかに思い出が美化されているのかを思い知らされた。

夏の体育館の中は控えめにいっても地獄で、みーんなしっかり汗臭い

バスケットボールの練習は、当然年間を通じて体育館で行われる。
夏場は直射日光には当たらないが、その代わり窓を開けていても風もろくに通らない。そんな環境で何時間もひたすらボールを追って走り回って、跳び回る。
動けば動くほど室温も体温も上がる。控えめにいっても地獄だ。
そんな中で重宝するのが制汗剤だった。
風の届かない体育館の中では、制汗剤×巨大扇風機が体感温度を下げる最も有効な手段だったからだ。
休憩になるたびに汗を拭いて、制汗剤を塗り、扇風機の前のベストポジションをみんなで奪い合う。塗ると塗らないとでは涼しさが大違いで、辛い練習の合間に精神的にも身体的にも回復するための貴重なポーションだった。

ところが、そうして時々涼んでいても、練習を終える頃には練習着も髪の毛も雨に打たれたのかと思うほどビッショビショになっている。キャミソールはおろか、下着もビショビショだ。
でも一番最悪なのは匂いだった。とにかく臭い。汗臭い。時間が経てばたつほど臭い。
普段は柔軟剤のいい匂いのするあの子も、整った輪郭に汗を滴らせる美少女なあの子も、みーんなしっかり汗臭い。
汗臭過ぎて脱いだ服はビニール袋に密閉して持って帰ったり、帰る前に水でじゃぶじゃぶ洗ってみたり、各々工夫を凝らしていた。

ラズベリー、シトラス、石鹸。練習後に感じるみんなの「自分の香り」

しかし、服は着替えられても、体は依然汗臭い。
なので着替る時は、まず汗拭きシートで身体中を拭き、そのあと首、胸元、脇、腕、足…と全身に制汗剤を塗りたくる。そして時にはその上からスプレーも体にまき散らして、ようやく汗の匂いからしばらく解放されるのだ。
ここまですると帰宅前の反省会の時には、練習中の汗の匂いが嘘のように、そこかしこから色んないい匂いがする。

「シトラスの匂い」は○○ちゃん、ちょっとお高い「ラズベリーの匂い」は○○先輩。
そんな風にそれぞれ「自分の香り」みたいなものがなんとなく決まっていた。
甘くて華やかな匂いはカースト上位の子たちの専売特許で、被らないように、残ったものから自分に「相応しい匂い」を選ぶ。そんな暗黙の了解があった。
私は「石鹸の匂い」だった。
別の匂いを使ってみたいと思ったことがあったけれど、結局ずっと「無難で清楚な石鹸」のままだった気がする。
今となってはどの匂いが使いたかったのかも思い出せない。

当時、自分のキャラクターからはみ出し、変に思われることが怖かった

あの頃、そういうちょっとした物に自分のキャラクター付けがあって、そこからはみ出して、みんなに変だとか、調子に乗っているとか思われるのが怖かった。
もしかしたら、シトラスのあの子も本当は別に好きな匂いがあったのかな、と今になって思う。

成人するとあんなに汗だくになることもなくなり、液体の制汗剤は全く使わなくなってしまった。
もうあの頃のように早く走れないし、あんなに高く跳ぶこともできない。

でも今なら好きな匂いを迷わずに選べる。
気分で使い分けることだってできる。
そう思うと、大人になるのも悪くない。

残念ながらCMみたいな甘酸っぱい青春ではなかったけれど、酸っぱい汗の匂いと優しい石鹸の匂いに包まれたあの頃の私を、また時々思い出してあげようと思う。