運動音痴の私の人生を変えたのは、2時間の原付講習だった

私は運動音痴だ。
その昔のスポーツテストでは50メートル走12秒、1キロ走10分という、歩いてるか走っているか分からないレベルの記録だった。球技はラケットやバットに当たることの方が稀で、まず試合が成立しない。道具を使わない球技は球がどこに飛んでいくか分からない。いくら女子としても酷すぎる運動神経である。

必然、運動と名のつくものは嫌いになったが、特段困るようなこともなかった。スポーツ選手ではないのだ。歩く・歩くより早く走る・階段の昇り降り。この3つさえ出来ていれば、生活でそう困ることはない。実際20年以上問題なく過ごせた。
そんな私の人生を変えたのは、四輪免許を取りに行った時のたった2時間の原付講習だった。

手の動きひとつで進んでいく二輪車。時速にすれば15キロそこそこ。だが、風を感じるには十分だ。景色が後ろに流れていく爽やかさは、おそらく乗った人間にしか分からない。その感覚が忘れられず、私は親に何も話さずに普通自動二輪車の免許を取る事になった。

全身痣だらけになっても辞めなかったのは、あの風に魅了されたから

教習所でだいぶ後悔した。簡単に免許が取れるだなんて微塵も思ってはいなかったが、自分の運動音痴加減を見誤っていた。誇張でなく、おそらく40回は転んだと思う。あのころお世話になったCB400達には土下座して回っても足りない。

左手でクラッチ、右手でフロントブレーキ、左足でシフトチェンジ、右足でリアブレーキ。普通の人であれば感覚で理解して身体が動くだろうところで、私の身体は動かない。エンストにエンストを重ね、転び方ばかりが上手くなる。
正直途中でリタイアしようと思った。出来なさすぎて辛かった。全身痣だらけになり、何度も注意されて、まだ乗れない。

別に辞めても誰が困るわけでもなかった。むしろ親は喜んだだろう。娘を二輪車に乗せたがる親はそういない。デメリットなど少々自分の懐が寒くなるくらいだ。それでも辞めずに教習所に通いつめたのは、あの時の風に魅了されてしまったからだろう。

通っているうちに、今までは「乗らせて頂いている」という感覚が強かったバイクに「乗っている」という感覚が加わってきた。手の付けられない獣のように感じていた鉄の塊は、こちらが的確に指示を出せばそのように動いてくれる鉄馬だった。

バイクに巡り合って私は変わった。あの風を求めて努力し続けるだろう

こうして私は無事に二輪免許を取り、今や峠でも思うままにバイクを操れるようになった、と言えれば格好がつくのだが、そんな事があるわけがない。大型二輪の免許を取得し、250ccと900ccの2台持ちとなった今でも、せいぜい「乗っている」と言えるか言えないかの技量だ。900ccに関しては「乗らせて頂いている」場面の方が多い。
峠は好きだが、スピードはほとんど出せない。トロトロ走っていて後続車に道を譲ることも多々ある。

運動音痴な私はどこまでも運動音痴で。どれだけ努力しても、努力だなんて考えたこともないライダーにすら劣る。なぜ出来ないのかと、悔しさに泣けてくることだってある。
ではいったい、何を自慢したいのか。それはどれだけ出来なかろうと向いていなかろうと、好きというだけで努力できる自分だ。

努力は報われるかもしれないし、報われないかもしれない。だが三十間近になって悔し泣きができるほどの趣味に巡り会える人間がどれほどいるだろうか。
バイクに巡り会って、私は変わった。乗らなければ見ることのない景色を見て、出会うはずのない人に出会って、知るはずのない思いを知った。たくさんのものをバイクは私にくれた。
たとえ報われなくても、私はこれからも努力し続けるだろう。最高の風を求めて。