ことあるごとに問いかける。「金魚のフンになってない?」
1年生、大学祭実行委員として、終電まで残って身を粉にして頑張った。今年お疲れ、来年頑張ろう!と決意表明した日。
「金魚のフンにならないようにね」
どの先輩もねぎらいと、感謝と、絶賛の言葉をくれる中、こっそり一人の先輩に言われた。
密かに感じていた劣等感を一言で見抜いた言葉だった。
それからは、ことあるごとに問いかける。
「金魚のフンになってない?」
地方の車社会で暮らす私にとっては、子どもと大人の境目はお酒を飲めることより車を運転することだった。高校卒業間近、私も親に頼んだ。
「まだ早い」
どんなにしょうがないと言い聞かせても、否定からはじまる一言が、「大人になるにはまだ早い」と言われてるみたいで悲しかった。
そんな思いからか、大学入学後は大学祭実行委員になった。結果は冒頭の通り。
2年生の夏、バイトしたお金で車の免許をとっていても、やっぱり家の車を運転させてはもらえなかった。
大学祭が終わって実行委員をやめた冬、終電帰りに慣れた私とTちゃんは、まっすぐ家に帰ることができなかった。2人とも運転できなかった。駅前のカラオケ屋さんと顔なじみになった頃、たぶん何かが変わってほしくて、レンタカーを借りてドライブした。私は運転、Tちゃんは道案内。
運転することを否定された当時の私に、大人になれる、と言えた気がした。うれしかった。
それからは、Tちゃんと何度もドライブした。でもTちゃんがいなくては運転できなかった。
「金魚のフンになってない?」
いつもは早く変われと思う赤信号が、もっと長くなれと願った
4年生になろうとする2020年冬、就活が始まり、コロナが流行りだした。Tちゃんと会う機会もめっきり減った。地元と家にいて、思うように就活が進まない日々に自信がなくなっていた。そんな頃に、地元の友達が原付を安く譲ってくれた。
本格的に乗る前に、自転車で1時間かかるバイク屋さんに点検してもらおうとした。
あ、自分で運転しないとみてもらえないじゃん。人を頼りにしていたことを、自覚した。
とりあえずスマホで何度もマップを見てシミュレーションした。地元なのに、マップと記憶の中の道がリンクしなかった。
5回くらい確認してたら、進行方向とマップが反対になって、頭もぐるぐる訳が分からなくなってきた。とりあえず出よう。
右手をひねるだけで動く。怖くなったら、手をゆるめて減速すればいい。
譲ってもらうとき、友達とスーパーの駐車場で練習した。大丈夫。
走り出したらスマホも隣にアシストしてくれる人もいない
走り出したら怯える間もなく、考えることに忙しかった。いつもは早く変われと思う赤信号が、もっと長くなれと願った。スマホは運転中に確認できなかった。そりゃそうだ。走り出したらスマホも隣にアシストしてくれる人もいない。正真正銘一人だった。
左折左折で遠回りしてたどり着いた。
つなぎを着た店員さんは、予約なしでもすぐ対応してくれた。30分ほどして、空気を入れ、オイル交換をされた原付が戻された。
バイク屋さんを出て来た道を….帰り道は左折してきたところが右折になる。別の道を通って帰る。
大満足で家に着き、母に尋ねられ、点検してもらったことを話した。
「ちゃんとしてるね。えらいね」
成長したんだね、と言われたみたいでうれしかった。
2020年、気持ちが揺れるたびに原付に乗った
2020年はたくさん原付に乗った。気持ちが揺れるたびに原付に乗った。走っているうちにやらなきゃな、と冷静にさせてくれた。一人で、雨もしのげず、荷物もそんなに詰めなかったり、いろんな不自由さが、私にはちょうどよかった。そうは言っても、原付は30kmしか出せなくて、車に追い越されていく。急いではいないけれど、来年社会人になる予定なんだから、もっと対等に走りたい。
だから私は、2021年『30kmの壁を越えて、まだ見ぬ道を走る』ことを宣言する。
がんばるぞ~!