「今日、川を見に行かない?」突然の誘いに、私は二つ返事で応じた。就職活動が本格的に始まってからご無沙汰していた友人からの連絡に、心が躍った。
7月の初めはいつだって最高の気分だ。憂鬱を運んでくる6月を越えて、やっと日常に色を感じ始める。どうせなら川よりも海に行きたい気分だったが、あえて川を選ぶあたりが彼女らしかった。

“順風満帆”という言葉がぴったりな友人の人生に、少し嫉妬した

彼女が第一志望の企業から内定をもらっていることは、他の友人づてに聞いていた。何に対しても用意周到な彼女ならやり遂げると思っていたし、素直に嬉しい気持ちにもなった。
第一志望の大学に通い、第一志望の企業への切符を手にした彼女は、今どんな気持ちなのだろうか。“順風満帆”という言葉がぴったりな彼女の人生に思いを馳せてみたが、少しだけ芽生える嫉妬心が憎らしくてやめた。
しかし、駅で見つけた彼女は様子がおかしかった。私の想像とは裏腹に、一回り小さくなった彼女は浮かない顔をしていた。
「急に誘ってごめんね」
そう言って彼女は、アルコール5%のお酒1缶と、私の大好きなお菓子が入った袋を差し出した。彼女のまとう雰囲気に不安を覚えつつも、いつも通りの抜け目ない行動に感心してしまった。

「自分の人生を生きてない感じがする」。彼女の苦悩を初めて知った

昨日までの雨のせいか、川の流れが早かった。
「特に何かあったわけじゃないんだけど」
そう言って微笑む彼女の表情には、“順風満帆”の文字は似合わなかった。
「私、自分の人生を生きてない感じがするの」
「他人からの評価が気になるの、ものすごく。偉いね、すごいねって言われるのが特段嬉しいわけじゃないの、でもそう言われないことがすごく怖いの」
それだけで彼女の行動の理由と、今までの苦悩が分かるような気がした。それと同時に、私は彼女のほんの一面しか見ていなかったのだと悟った。
私は彼女と真逆の人間だった。他人の意に添うように生き“られない”のが私だった。人から認められたいし、褒められたい。しかし、結局自分のやりたいことを優先せずにはいられないのだ。
私から見た彼女の長所は彼女にとっては1番の欠陥であり、逆もまた然りだった。

隣の芝生はたしかに青いが、その根は今にも枯れそうかもしれない

私たちがいつも目にしている“事実”は、各々が持ち合わせているレンズで屈折して、やっと個々人の中に“事実”として届く。
他人の評価はいつまでも付きまとうし、隣の芝生はいつだって青い。でもその評価は、他人のレンズを通じた私の姿だ。その芝生の色は、私たちのレンズを通じた“青”だ。
隣の芝生はたしかに青いが、その根は虫に食われて今にも枯れそうかもしれない。“事実”は解釈で成り立っていて、“真実”を知っているのはその当人だけだ。
他人のレンズを変えることはできないが、自分のレンズはいつでも変えられる。物事や人間はいつだって多面体だ。その多面性を想うだけで、怒りや嫉妬は収まり、自分のあるべき姿を一心に考えられる気がする。
私は隣の芝生の“青さ”の秘訣を考えられる人間でありたいし、自分の芝生の“青さ”の魅力を知っている人間でありたい。彼女を見てそう思った。