家の近くに川がある。
私は、空の写真を撮るのが好きだ。昼間の空も好きだけど、朝焼けと夕焼けが好き。
でも、家からだと建物が邪魔して撮れないから、高校生の時からその川沿いで撮るようになった。その道中も撮れるものが沢山あると気づいてから、片道一時間と少しの散歩をするようになった。
季節や天候によって、外の匂いは違う。草木が焦げるような冬の匂いが、私は昔から好きだった。澄んだ冷たい空気も好きで、散歩に行くのは冬が多い。

冷たい空気の中を歩きながら、たまに思い出すことがある。

告白したら困らせると思ったから、受験が終わったら言おうと思ってた

中学生のとき、好きな子がいた。
小学校が一緒で、普通に話したことはあったけれど、中学に上がってからはお互い気にもしていなかった。
3年に上がった頃、その子と私は通学路でよく会うようになって、なんとなく話すようになった。頭が良くて頑張り屋で、誠実な子だった。なんとなく、好きになった。
好きになって少しして、同じ高校を目指していることを知った。頑張ろうねと言いながら、私は同じ高校でその子と付き合うことを夢見たりしていた。
誠実な子だった。告白したら、きっと困らせると思ったから、言わなかった。話せなくなるのも怖かった。受験が終わったらきっと言おうと思って、勉強を頑張った。

結果として、私は受かった。その子は落ちた。先生たちに結果を告げに行く時、私は行き道、その子は帰り道で出会った。
言えなかった。
どうしたって言えなかった。
受かったのに、その夜はちょっと泣いた。

その子のことを思い出す日は減ったのに、冬の匂いでよみがえる

春休みの間に、その子が川沿いの公園にいるのを見たと、友達から聞いた。その子は携帯を持ってなくて、私は連絡先すら知らなくて、卒業してしまえば繋がりはひとつもなかった。
言えなくたっていいけど、もう一度会えたらと思いながら、川沿いを歩いた。当然、会えるわけなんかなかった。

夏休みに入る頃には、高校の校風が私には合わないことを感じていた。
受かったのがその子だったら、きっと楽しかっただろう。やりがいのある、順風満帆な高校生活になっただろう。
写真を撮るのが好きになったのはその頃で、私はまた川沿いを歩いた。夜明け前にこっそり家を出て、日が昇ってから帰宅して眠ることもあった。夕方に家を出て、すっかり暗くなってから帰ることもあった。その子のことを思い出さない日もあったし、思い出す日もあった。

写真を撮るのは楽しかった。その子のことを思い出す日は、だんだんと減っていった。
でも、冬になると急に増えた。それが人恋しくなる気温のせいなのか、それとも受験シーズンだからなのか、冬のその子に特別な思い出はないのに不思議だと思う。だって、季節も天候もテストの点数も、その子と話す時間の前ではどうだってよかったから。

一緒に話した些細なことを思い出しながら歩く川沿いは、私の好きな、草木が焦げるような冬の匂いがした。燻ったままの気持ちが寒空に溶けていくような気がして、やっぱりその年も、私は冬が好きだった。
次の年も、その次の年も、私は冬の匂いが好きだった。

これが恋の終わりだと思った。夏の朝の、命の匂いを感じながら

今年の夏、夢を見た。
その子に告白する夢だった。ぽかんとするその子にちょっと笑ってしまって、多分そこで目が覚めた。その前後は全く覚えていないけれど、それだけは覚えていた。
ちょっとぼんやりしてから時計を見ると、朝の五時過ぎだった。着替えて散歩に出た。

夏は暑いし虫が多いから、散歩に行くことはあまりない。
でも、夏の朝の匂いは、嫌いじゃない。青々と茂る木々や、しっとりと草を濡らす朝露、たまに通る車の排気ガスが混じりあって、生きているなあと感じる。

多分、これが恋の終わりだと思った。いい恋だったなと、夏の朝の、命の匂いを感じながら。
私は多分、この匂いを忘れられないし、忘れたくない。たった二ヶ月しか経っていないけれど、あの清々しい匂いは、まだ私の記憶に強く残っている。
あの匂いを忘れられないものにするために、私はこの文章を書いている。